STORYSHO Kizaki
#302-1 予兆それからひと月ほど
2022.2.20
#302-1 予兆それからひと月ほど過ぎた頃、田中は借りた金に約束通り10パーセントを乗せて返してきた。金儲けがしたかったわけではなく、薫のことを考えてお金を貸しただけの翔は、その上乗せされたお金をそっくりそのまま松本老人に渡した。 23歳の時、3000万もの借金を背負った経験が、翔に人一倍金の重さを実感させた。だからこそ、自分の儲けも取らず返金することで、それを貸してくれた松本老人に恩を返したのだ この一件で、翔は田中が信用できる人間と思うようになった。 それから数日後の営業中、翔は常連客に呼ばれ客席で話をしていた。 「失礼します。オーナー、ちょっとよろしいですか」 太田はそう言って翔の下に来ると、耳元に口を寄せ、小声で話した。 「6番テーブルのお客様がオーナーに話があるとのことですが」 その言葉に翔は、ちょうど自分の背中側にある席を見た。 すると、そこには田中の姿があった。