STORYSHO Kizaki

小説『帝王』より、帝王のストーリーをお届けします。

#312-3 運命こうしてその翌週、翔は谷の紹介で竹原という男性と会うことになった。 そして当日、待ち合わせ場所の喫茶店で翔を待っていた竹原を見て翔は驚きの声をあげた。 「あっ!」 東金のファミリーレストランでチンピラを追い回していた強面、その人だったのだ。 「アンタ、あん時の…」 そして竹原も同じように驚いた様子だった。 「なんや二人とも知り合いなんか?」 挙句、紹介した谷までが驚いていた。 この竹原との出会いにより、KIZAKIグループは本当の意味での誕生を見ることとなる。

2022.7.03

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#312-2 運命「…」 翔は嵐のような出来事に呆然としていた。 「コレ持ってろって言われても…どうしたらいいんでしょうね」 その問いに岩崎も苦笑を返すより他になかった。しかしこの数週間後、翔はこの男と思いがけない再会を果たすこととなる。 それから数日後、翔は営業中のオーシャンで、飲みに来ていた岩崎と谷の客席にいた。そこで翔は岩崎に相談をした。 「最近、岩崎さんに紹介してもらった会計事務所がギブアップ気味なんですよね…」 KIZAKIグループは、2000年の東金への進出の際、有限会社ケー・サイドを設立し、それまでの翔の個人商店から移行した。それに合わせて、岩崎が紹介した会計事務所がグループの経理全般を見ていたのだが、この1年間でのグループの急激な拡大に、その会計事務所では対応しきれない状態になりつつあった。 「…」 谷は何か考えている様子で沈黙していた。 「この1年で急激に拡大したからな。確かに、今の所じゃ、ここまでの規模に拡大した輝咲君の所を完璧にカバーするのは難しいかもしれない」 岩崎の言葉に続いて、沈黙していた谷も口を開いた。 「よっしゃ。俺の知り合いにやり手の経営コンサルタントがおるんや。そいつ、日本でも有数の税理士や言われとる山崎善三郎の所で修行しとった奴やから、税務関係にも強いはずや。紹介したるから、力になってもらえるように頼んでみたらええわ」

2022.7.03

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#312-1 運命時を前後して、オーシャンをオープンさせ千葉進出を果たしたある日、翔は東金のファミリーレストランで岩崎と雑談混じりに昼食を取っていた。すると突然、後方のボックス席から怒号が聞こえてきた。 「おうワレェ…借りた金も返さんで、こんな所でなにさらしとんのじゃ」 振り返って見ると、年の頃40歳位、パンチパーマに鼻の下には髭をたくわえ、サングラスをした強面の男が、ボックス席に座るチンピラ風の男の眼前に仁王立っていた。そして、凄まじい剣幕で胸倉を掴み上げ、蹴りをチンピラのボディに突き上げた。 「ヒッ、ヒィィィッ!」 チンピラ風の男は、蒼白な顔色で悲鳴をあげながら、掴まれた手を必死に振り払い、強面の男とは反対側の通路に逃げ出した。 「待てやコルァァァァッ」 男はソファーを駆け上りチンピラを追いかけた。そしてチンピラのワイシャツの袖を掴むが、必死のチンピラもそれを勢い良く振り払う。 ―ビリッ あまりの勢いにチンピラのワイシャツは腕の部分から破れた。それでもチンピラはなりふり構わず逃げた。 店内は騒然となったが、その場に居合せた客達は逃げることもできず、事の終わりを待つしかなかった。すると…。 ―ファンファンファン… 店員が通報したパトカーのサイレンが近づいて来ていた。すると、男は我に返った様子で辺りを見渡した。 「!」 翔と目が合い駆け寄って来ると、ジャケットのラペルについていた金色のバッジを無造作に外し、無理やり翔の手に持たせた。 「兄ちゃん、コレ持っててくれ」 「えっ…あの…」 翔の問い掛けなど聞く耳も持たない様子で、男は裏口から逃げるため、一目散にキッチンの方へと走って行った。

2022.7.03

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#311-2 展開千葉でもこれを応用し、東金を中心に車で30分圏内の距離にある茂原・成田・市原に店を開いたわけだ。これらの土地は全て足を運び、これまでと同様に、「飲食店とキャバクラの割合」「競合店の洗練度合い」から、勝算を見出すことのできたのだった。 この21世紀の始まりの年、快進撃はこれだけに留まらなかった。 まだ潜在客層があると見た東金に「K 東金」と「アクア 東金」をオープンさせ、年の瀬には年初めに茂原にオープンさせたプラウディアを拡大し「マーベラス 茂原」とした。 さらに、どのエリアのグループ店に行っても安定したサービスを保証する意味を込めて、これまで分散していた店舗名をブランドごとに統一することにした。 高級感のあるクラブタイプの「K」、スタンダードなキャバクラタイプの「オーシャン」、そしてギャルっぽい若い感じの「アクア」の3つだ。 そして、この年の最後には、キャバクラ激戦区・六本木へと進出し、「K 本店」をオープンさせた。 これまで、敢えて都心には進出しなかった翔が都心へと進出したのにはわけがあった。 KIZAKIグループは「都心のクオリティを郊外で!」をコンセプトに独自のハイクオリティなサービスを郊外で提供してきたが、「単なる郊外型グループ店」と「本店が都心にある郊外型グループ店」では、客とスタッフ達が感じるイメージに違いがあると思ったからだ。 本店が六本木にあるキャバクラグループ。そのステイタスのために本店は開かれたのだ。そその効果は翔が思っていた以上にスタッフ達、特にキャスト達にKIZAKIグループで働くことの誇りを持たせ、自発的な質の向上へとつながった。 この飛躍の年となった2001年、KIZAKIグループは首都圏に10店舗を持つまでに成長を遂げた。 しかし飛躍するその水面下では再び翔にトラブルが降り掛かろうとしていた…。

2022.6.01

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#311-1 展開2000年10月にオープンした4号店「オーシャン」は、周囲の期待を裏切って、これまででで最高の賑わいを見せた。店に入りきらない客が入り口に何組も待つ状態が半年も続いた。 「ジュエル・エム・プリンセス」の3店舗も好調だったため、松本老人への毎月の返済分を差し引いても、翔の手元には余裕のある資金が残った。 そこで翔は、翌年の2001年、オーシャンを開く際にミーティングでスタッフ達に言った言葉―都心だと100の人とお金が必要だとしたら、郊外は30で済む。同じ力を使うなら、都心で1つのお店を持つよりも、郊外で3つのお店を持った方がリスクヘッジになる。 この言葉を実行に移した。 茂原に「プラウディア 茂原」、成田に「K成田」、市原に「翔」の3店舗を立て続けにオープンさせたのだ。 しかも、これらはただ闇雲にオープンさせているわけではなく、竹の塚の2店舗と南越谷という10数キロメートル圏内で3店舗を運営してきた経験に基づくものだった。 郊外では竹の塚と南越谷のように車を2、30分走らせると客層の被らない全く別の繁華街がある。しかしその距離はスタッフやキャスト、時にはボトルの資材を共用させることができるギリギリの距離でもあった。この距離こそ、人件費等のコストを最少限に抑えつつ、最大限の売り上げを挙げることのできる〝成功の距離〟だったのだ。

2022.6.01

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#310-2 人選これらの条件の背景には、26歳ながら夜の世界で必死に生きてきた経験に基づく根拠があった。見た目は化粧でカバーできるし、心の持ちようが容姿に反映されて全体を引き立たせる場合もある。だが、心が乱れを直すのは容易ではない。 翔は〝商品〟であるキャストを誰よりも 〝個人〟として扱った。例えば、関西弁の女の子を面接したことがあった。彼女は他店の面接で、「関西弁はお客さんを不快にさせる場合もあるから、直せないなら雇うことはできない」と言われた。しかし、翔は彼女との会話の中から、そんな表面上の響きには左右されない、その底にある彼女の性格の良さを感じた。 「その関西弁はアナタらしさなんだから、むしろそのままでいて下さい」 彼女に採用決定を告げる時、翔はそう言った。あれから数年が経つが、彼女は今でもKIZAKIグループでキャストとして働いている。彼女は自分らしさを認めてくれた翔に、そして店に恩返しをしたいと言った。今日も頑張って働いている…関西弁のままで。 キャストの個性が結集したのが店。その店側が接客マニュアルで一方的にキャストを統制してしまったら、量産したような画一的なキャストしかいなくなってしまう。そうなると客は誰を指名しても同じになってしまい、店の幅がなくなってしまう。店をつくりあげてくれるキャストの個性を大切にするのが、翔なりの考え方だった。 店の質を高めるには、自分の価値観を押しつけず、スタッフ達の個性を尊重する。その人の個性を引き出すためにルールや環境を作るのが上に立つ自分の仕事。同じ人はその店に2人といらない。他の人と違うからこそ、その人がいる意味がある。 翔のこの考えは、キャバクラに限らず企業でも同じことが言えるだろう。

2022.5.26

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#310-1 人選東金の進出に際し南越谷の時と同様に、翔は東金に部屋を借りて住み始めた。その土地の人の流れを肌で感じるためもあったが、今回はキャストを見つけるという目的もあった。 若者が集まる場所やコンビニなどで、キャストに向いていそうな雰囲気の女の子を見つけると辺り構わず声をかけた。また、求人広告を見て来た希望者の面接も自ら行った。客と接するキャストをゼロから募集するため、その目利きは重要だった。 見た目は当然重要だが、それ以上に人間性を重視した。 (言葉遣いはどうか) ―きちんと敬語を使えなくてもいいが、ちょっとしたひと言に客が不快に感じる〝トゲ〟が含まれていないだろうか。 (立ち振る舞いや所作はどうか) ―上品でなくても構わないが、楽しい酒の席を壊す要素はないだろうか。 (店に協力してくれそうか) ―当日欠勤を平気でする自分勝手な人は、必ず店に不協和音を生むので、この点を最重視した。

2022.5.26

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#309-3 市場―都心のように客の多い場所ではライバル店も多い。ライバル店が多ければ、当然、各店は切磋琢磨し洗練されている。しかし、郊外店は客の数に限りはあるが、その分ライバル店も少ない。 店もそれほど磨かれていない。都心では100の人と金が必要だとすると、郊外では30で済む。同じ100の力を使うなら、都心で1つの店を持つよりも、郊外で3つの店を持った方がリスクヘッジになる。 この考えに誰も反論できなかった。 その後、翔は谷から東金の不動産屋を紹介してもらうと、早々に物件を決め、グループ4号店となる「オーシャン」をオープンさせるべく動き始めた。店長に指名したのは以前、無断欠勤した後、姿をくらましていた男だった。「何か事情があるに違いない」。翔は、それまで一生懸命働いていた彼にもう一度チャンスを与えようと探し当て、店長に抜擢したのだった。 一方で出店の情報をいち早くつかんだ地元の不動産業者の間では、「どうせ失敗して、すぐに逃げ出すだろう」と噂されていた。

2022.5.19

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#309-2 市場この時、後にKIZAKIグループの礎となるコンセプト―「都心のクオリティを郊外で!」を思いついた。 竹の塚に戻った翔は、早速、翌日の開店前のミーティングでスタッフたちに東金進出を話した。4店舗目の出店に関して、やはり太田らのスタッフからは一般論とも言うべき冷ややかな意見が出た。 「知りもしない東金で出店するくらいなら、お客のたくさんいる都心に出店した方が成功する可能性は高いんじゃないですか」「失敗するんじゃないですかね」 しかし、翔の中で確信へと昇華された考えは払拭されることがなかった。

2022.5.19

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#309-1 市場東金のキャバクラを見て周った翔は感じた。年期の入ったソファーに、お世辞にも綺麗とは言えない店内、そして言葉遣いも適当なキャスト達など、店全体の質の低さについてだ。しかし、それでもお客は入っている。 翔は郊外店の現状を理解した。都心と違い郊外を比べると、郊外では客が選べる店に限りがある。都心なら、電車やタクシーに数分乗れば違う街、違うエリアに行けるが、郊外ではそうもいかないので、客は一定の地域内で選ぼうとする。 その地域の中にある限られた店の中で好みの店を選ぶしか、客には選択肢がないということだった。店側は、そんな状況に甘んじて、質の低いまま、分母の決まった客を分け合っていたのだ。 それは竹の塚や南越谷も同じこと。翔はキャバクラ素人の自分の店がなぜ流行っているのか、その理由に気付くことができた。素人故に業界の慣習や馴れ合いを知らず、だからこそ、それに流されることがなかった。そのおかげで独自のブランドとなるクオリティの高さを創り上げていたのだ。

2022.5.19

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#308-7 攻略「谷さんの知り合いで、東金の不動産に詳しい方はいませんか」 「不動産? なんや、店でも開くんかいな」 冗談混じりに言った谷の言葉に、翔は真面目な顔で返事をした。 「できれば10月には開きたいと思います」 「えっ!」 予想だにしなかった返事に、谷のみならず岩崎までが驚きの声を上げた。 「輝咲君、でも今日初めて東金に来たんだろ? それで、もう店を出そうって思ったのか」 「はい。この街も竹の塚と同じですから」 「竹ノ塚と同じ…」 首をかしげる岩崎に翔は自分なりに感じたことを説明した。 「この街も適度に飲み屋があって、適度にキャバクラがある。激戦ではないけれど過疎でもないってことです」 そして周囲のキャストには聞こえないように声を潜め、岩崎と谷にヒソヒソ話をするように言葉を付け加えた。 「それに、このくらいのサービスで、こんなに流行っているんなら勝負できますよ」 不思議とその顔には自信が満ちていた。 (なるほど…確かにこの兄ちゃん、面白いかもしれんなぁ) 目を細め煙草の煙を吐く谷には、それまでの人懐っこい雰囲気はなく、代わりに張りつめた異様な威圧感が放たれていた。しかし翔は、そのことに気付いていなかった…。

2022.5.3

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#308-6 攻略そして、翔はJR東金駅からほど近い歓楽街にあるキャバクラに連れていかれた。周囲の雰囲気はジュエルのある竹の塚と似ていた。店内は満席とまではいかないまでも、それなりに客が入り、流行っている様子だった。 席に着き、隣に座るキャストとしばらく話している時、翔はふいに思った。 ―東金にも店を開こう 酒が飲めない翔はプライベートでキャバクラに寄ることはほとんどなかったので、他店の接客レベルがどの程度のものかを知らなかった。そんな翔が東金の店で感じたことは、以前、南越谷の店で感じたのと同じ、スタッフへの教育の足りなさだった。 逆に言うと、それは翔の手掛ける店の質の高さの証明だった。この根本的な質の高さが、圧倒的なアドバンテージであることに、この時、初めて気付いた。 しかし一方で、この店の教育がたまたま徹底していなかっただけかもしれない。そう考えた翔は、谷に頼んで他にも数軒、東金のキャバクラを案内してもらった。最後の店についてしばらくした頃には東金への進出を決め、谷に物件の相談を始めていた。

2022.5.3

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#308-5 攻略翔は、東金で岩崎の友人の谷という男性を紹介された。谷は元々、関西の人間らしく、初対面の翔にも関西弁で人見知りすることなく話しかけてきた。 「ほう、兄ちゃんか。岩崎さんから聞いとるよ。若いのに飲み屋を3つも持っとるやり手なんやってな。ワシも飲み屋は好きなんや。一緒に飲み行こか」 畳みかける勢いで一方的に話すと、谷は翔と岩崎を連れて地元のキャバクラに向かった。 (なんか豪快な感じの人だな…) 今までに会ったことなのない、騒がしくも人懐っこく感じる不思議な雰囲気だった。

2022.5.3

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#308-4 攻略岩崎は後の仕切りを引き受けると、1ヶ月後、西新井にあるレジャー施設「ウォーターマリン」で祭事を開いた。夏休みに入ったばかりの7月下旬ということもありウォーターマリンは家族客で賑わい、洋服は飛ぶように売れた。 祭事を開いた3日間で商品は完売したが、元々、売り切るために値段を下げていたので、祭事場を借りた分を差し引くと売り上げはゼロに等しかった。しかし、翔は抱えた在庫を清算できただけでよしとした。そして、これを機に翔は岩崎と親しくなった。 ウォーターランドでの祭事からひと段落した8月上旬、翔は岩崎に誘われ千葉県東金市に行った。別段、用はなかったのだが、その日は予定もなく、岩崎の誘いを断る理由もなかったので同行した程度だったが、このことが、翔の躍進を加速させることとなる。

2022.4.26

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#308-3 攻略「これ全部で1200万ですか…正直に言って、100万で売れれば良い方ですよ。量産品だから物としてもいいわけじゃないし、型落ちだから、特売品扱いでしか売れないでしょうから…」 申し訳なさそうに岩崎は言った。しかし、翔としては、倉庫代わりに使ってる物件の家賃を抑えられるだけでもありがたかった。 「それでも構わないので、何とか処分できますか」 「その程度でいいなら、祭事を開いて一気に売り捌くのが手っ取り早いですよ」 「じゃあ、そうしましょう」

2022.4.26

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#308-2 攻略「あの量なんで処分するにもなかなかできなくて…」 「でも、そのためだけに家賃を払うっていうのもバカバカしいよな。俺の知り合いに海外から洋服の買い付けをしている岩崎って人がいるから紹介するよ。どこまで力になってくれるかは分からないけど、ちょっとは役に立つはずだから」 こうして数日後、店主は見たところ40代前半の男性―岩崎を連れて、再びエムを訪れた。岩崎は早速、山積みされた段ボール箱の商品に目を通した。

2022.4.26

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#308-1 攻略ある日、翔はエムに飲みに来た階下にある鉄板焼き店の店主と話をしていた。 「翔君さ、まだ隣に洋服置いたまんまなんだろ」 それは田中に騙され抱えてしまった、大型トラック一杯分の段ボール箱のことだった。この店主は同じ建物に店を構えているうえ、よく飲みに来ることから、翔が詐欺にあったことは知っていた。

2022.4.26

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#307-11 進出「なんであんなヤツが店を成功できるんだ。どうせスポンサーがいるんだろう」  翔は周りから何を言われようが構わない。何をされても自分が思った通りに進むだけ。それで失敗したらしょうがない、またやり直せばいいんだ。この一件で改めてそう思った。

2022.4.12

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#307-10 進出営業終了後、スタッフたちとファミリーレストランで食事をしていると、「車が燃えているぞ!」と大声が聞こえた。駐車場を見ると、翔の車から火の手が上がっていた。何者かが火炎瓶で放火したのだった。 順調に店舗を拡大していた翔をひがむ者は少なくはなかった。

2022.4.12

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#307-9 進出「プリンセス」と名付けられたその3号店は、2号店である「エム」のオープンから、わずか2ヶ月後のオープンとなった。 そして、ここでも翔の読みは的中した。繁華街から駅へと向かう人の流れの中で、新規オープンしたプリンセスは、客足がさらなる客足を呼び盛況となった。 こうして翔は26歳にして3店舗を経営することとなった。しかし、翔の躍進はとどまる所を知らなかった。

2022.4.12

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#307-8 進出翔は店舗の改装を進めると同時に、スタッフ達の再教育にも力を注いだ。再教育といっても、翔が教えたのはこれまでと同様に、「あたりまえの事を、バカにせず、ちゃんとする」、それだけだった。しかし、一度、染み付いたクセはなかなか抜けず、中には反発して去って行く者もいた。しかし、ほとんどのスタッフは翔の考え方に賛同し、無事、オープンの日を迎えることができた。

2022.4.12

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#307-7 進出翔は太田にジュエルを任せ、開店準備のため南越谷に部屋を借りた。ジュエルがある竹の塚と南越谷は約10キロ、車で10分から20分程度の距離にあるが、その街で店を構えるにはその街に住み、肌で感じる必要があると翔は考えた。 街のどこに人が集まりやすいのか。どこで食事をして、どこに飲みに行くのか。そういった人の流れは、実際にその街に住んで根を張ってみないと分からない。住んでみると自然に足が運ぶ方向というのは決まってくる。そう思ったのだ。

2022.4.04

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#307-6 進出―店の周辺には飲食店が適度にあり、また繁華街と駅を結んだ導線上にあった。食事の後、飲みに行こうとなった時、駅から逆行した場所には向かわない。つまり、キャバクラを開くには適した場所と判断したのだ。だからこそ、スタッフの教育をキッチリとやり直せば、経営を立て直せると直感したのだ。

2022.4.04

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#307-5 進出「確かに、あの店は全然ダメだね。でも、もし俺が話を断ったら、あそこは閉店になって働いている人たちは問答無用で切られちゃうよね。煙草の火のつけ方はちゃんとできていたわけだし、彼女達だって教わればちゃんとやるはずなんだ。教える側が足りないだけなんだと思う」 その話を聞いた一同は、「スタッフのために」と考えるあたりが翔らしいなと思っていた。しかし、翔は感情だけでものを言っているわけではなかった。

2022.4.04

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#307-4 進出店を後にすると太田はため息混じりに言った。 「オーナー…完全に赤字店を押しつけられましたね。キャストはおろか黒服の教育ですら全然できていません。あれじゃ、閑古鳥も鳴きますよ。あの状態から黒字化するのは並大抵のことではありません。今からでも断った方がいいですよ」 その言葉に頷いた翔だったが、そこに大田のように悲観した素振りはなかった。

2022.4.04

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#307-3 進出後日、翔は太田らスタッフ達とともに南越谷の店へと赴いた。その店はJR南越谷駅から程近い建物の二階にあった。 一同が訪れた時、店は週末・金曜日だというのに閑古鳥が鳴いていた。翔達は身分を隠しその店で飲んでみたが、そのサービスはジュエルやエムとは比較にならないほど低レベルだった。 キャストは、客と話を合わせようともせず一方的に喋り、黒服はトレイを指先で支え優雅に見せる〝トレンチ〟や、グラスなどをテーブルに置く際に客に敬意を示す意味で膝を折る〝ニーダウン〟などの基本的な動作すらできていなかった。

2022.3.27

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#307-2 進出「別に調子が良いわけではないですけど…なんで店を手放すんですか」 「俺はこのシャングリラがあればいいんだよ。これ以上、手を広げるつもりはないしね。だから、将来ある輝咲君に譲りたいと思ったんだけど、どうかな?」 オーナーは破格値で経営権を譲るという。支払いも分割払いで構わないと。ジュエルの開店や火事で完全に疎遠になっていたオーナーからの申し出だけに、翔はその南越谷の店舗を引き受けることにした。

2022.3.27

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#307-1 進出2号店のオープンと時を同じくして、翔はエムの下にあるキャバクラ・シャングリラのオーナーからある相談を持ちかけられた。 「ウチでやっている南越谷の店なんだけど、輝咲君の所で買ってくれない?」 「僕がですか?」 「最近、店を大きくして調子いいみたいだから、南越谷にも店を出す気はないかと思ってね。店には客も結構入っているし、竹の塚からそんなに離れてない場所だ。他県進出の足掛かりにはちょうどいいと思うんだけど」

2022.3.27

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#306-5 大将難しい理屈のない単純な話だけに否定する言葉も見つからず、一同は納得せざるを得なかった。 こうしてオープンしたエムは太田に店長を任せることにした。ジュエルとエム―近距離ではあったが、翔の目論み通り、客を食い合うことはなく、新規客を獲得し、上々の滑り出しとなった。

2022.3.27

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#306-4 大将「こんな目と鼻の先の距離で2店舗持っていても、客を2分するだけなんじゃないですか?」 しかし、翔には翔なりの考えがあった。 「うん…そういう可能性もあるけど、この辺って他にもキャバクラってあるでしょ。それだけお客さんもいるってことだから大丈夫だと思うんだ。それに店同士が近ければ、キャストやスタッフをゼロから集めなくても共用できるし」

2022.3.20

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#306-3 大将まさに渡りに船だった。 「ありがとうございます。お言葉に甘えます」 気付くと翔は立ち上がり、大将に深々と頭を下げていた。 こうしてジュエルは、数軒隣のクレインビルへと移転した。これまでジュエルだった場所も、新生・ジュエルに名前を変え、そのまま営業を続けた。 しかし、この2号店となるエムの開店にあたっては、太田を始めとするスタッフの間から疑問の声が上がっていた。

2022.3.20

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#306-2 大将ありがたい話だったが、翔は前向きな返事ができなかった。数百万という保証金を用意するだけの余裕がなかったのだ。 そんな事情を知ってか知らずか、大将は話を続けた。 「勝手知ったる翔のことだ、保証金と保証人はナシでいいぞ。どうせ、保証人は俺なんだしな。それに、もともとはスナックが入っていたテナントだから居抜きで使えば、ほとんど元手もいらねぇだろ」

2022.3.20

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#306-1 大将―今のジュエルのままじゃ、客が入る数に限りがある。当然、売り上げにも限界が。 いざ売り上げを伸ばそうと考えたが、そのためには今の店舗では手狭だと感じた。 そんな悩みを抱えていたある日の営業中、いつも通り飲みに来た鶴寿司の大将が、翔を自分の席に呼んだ。 「実はよ、今度、俺のビルでテナントが1つ空くんだけど、翔のところで借りねぇか? 客の入りも安定してるみてぇだし、この広さじゃ、そろそろ手狭に感じてきたんじゃねぇの? 俺ん所なら、ここの倍の広さはあるから、ちょうどいいと思うぞ」

2022.3.20

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#305-2 借金事情を聞いた松本老人は「やっぱり」といった様子で頭を抱えたが、憤怒することもなく、毎月250万円ずつ返すということで納得した。 ―月250万円。今より一日の売り上げを10万円増やせば返せる 再び借金を抱えたことで、翔は売り上げを拡大させなくてはならない明確な理由ができた。そして、このことが多店舗展開のキッカケとなる。

2022.3.14

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#305-1 借金「現実から逃げてはいけない。これもきっと試されているんだ。現実逃避せず、乗り越えなきゃいけない壁なんだ」 25歳にして5000万円という途方もない借金を抱えた翔だったが、立ち直るまでにはそれほどの時間を必要としなかった。 火事の一件以来、「起こるトラブルは全て自分を試すために与えられていること」、そう思うようにしたからだ。 火事で負った借金を返したという過去の実績が、自分の自信を支えるバックボーンになっていた。だから翔はこの途方もない借金も、乗り越えなくちゃいけない…乗り越えられることなんだと自分に言い聞かせることができた。

2022.3.14

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#304-5 計略―騙された。 そう思った瞬間、翔はその場に膝から崩れ落ちた。 この出来事のひと月前、翔に田中を紹介した薫はジュエルを辞めていた。薫と仲の良いキャストの話では、薫は、特に指名が増えたわけでもなく、しかも借金を抱えているはずなのに、急にブランド物のバックやアクセサリーを身につけ、お金の使い方が派手になったという。 田中は最初から薫と結託し、翔を計略に嵌めるために近づいていたのだ…。

2022.3.14

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#304-4 計略翔はいても立ってもいられず、名刺の住所にあった板橋区に車を走らせた。しかし名刺にあった住所には全く別の会社が入っていた。 (きっと、間借りしているんだろう…) それでも一抹の希望に全てを託して、翔はその会社に入って行った。 「あの…こちらにプラウニーという会社は…田中さんという方はいらっしゃいますか」 受付で尋ねる翔に返って来たのは、現実を突きつけるひと言だった。 「当社では間貸しはしていませんし、そのような方も存じ上げません。たまに同じことを言って、いらっしゃる方はいますが…」

2022.3.06

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#304-3 計略(…どうなっているんだ) 呆然とする頭の中で、あることに気付いた。 「…そうだ、会社」 名刺の束の中から「有限会社プラウニー」と書かれた名刺を探し、そこに書かれた番号のボタンを押した。 しかし… 『―お客様なのお掛けになった電話は、現在、使われておりません』 返ってきたのは、同じメッセージだった。 「そんな…」

2022.3.06

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#304-2 計略何とか残された一抹の冷静さで携帯電話を持つと、田中の携帯電話を鳴らした。 しかし… 『―お客様のお掛けになった電話は、現在、使われておりません』 「・・・・・・・・・」 我が耳を疑った翔は、番号を確かめると再び、発信ボタンを押した。 『―お客様のお掛けになった電話は、現在、使われておりません』 コールされることはなく、同じメッセージが翔の耳に流れてきた。

2022.3.06

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#304-1 計略それからさらに数ヶ月の月日が過ぎ、翔の26回目の誕生日を2週間後に控えたある日、その事件は起った。 田中から「絶対に大丈夫」と言われ引き受けた2400万円もの手形が不渡りになり、無価値――ただの紙切れになってしまったのだ (まさか…何かの間違いだろ…) 顔から血の気が引いて行くのが分かった。目の前がチカチカし寒くもないのに体が震えた。 (そうだ…田中さん…田中さんに聞かなくちゃ)

2022.3.06

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#303-4 不安その後も田中は、翔のもとを訪れては、儲け話を持ちかけた。 「『しまだ』の決済までにはまだ時間がかかるから、もっと短期でお金になる話を持って来たよ」 田中を信用しきっていた翔は、その度に松本老人からお金を借り、その額はとうとう5000万円にまで達していた。この頃には、さすがの松本老人も心配になっていた。 「翔が絶対に大丈夫と言うから金を貸しているんだが、本当に大丈夫なのか」 「大丈夫です。田中さんは信用できる人ですから」 一度抱えた田中への不安感を払拭した後、翔が再び田中に不安を感じることは不思議となかった。しかしこの時、自分の感覚が麻痺していることに翔は気付いていなかった…。

2022.2.27

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#303-3 不安『それにしても、今日はどうしたんですか?』 洋服のことなど気にもしていない様子で尋ねてきた。 「僕のほうに洋服が大量に送られてきてから、もうひと月以上経ちますけど、どうなっているんですか」 翔は不安な気持ちを隠さずにそのまま聞いた。 『ああ…あれは、もう少し時間かかるよ。相手は大手だからね。稟議・決済には上層部の承認が必要だから、さすがにこの前の車の時みたいにはいかないよ』 「そうなんですか…」 田中は当たり前だと言わんばかりの口ぶりだった。 『もしかして心配しているの? 大丈夫だって。引き取ることは決まっているんだから』 田中と話しているうちに、翔の不安は次第に晴れていった。 「そうですよね…すいません、そういう会社の仕組みなんて知らなかったから…」 『いや、別に気にしないでいいよ。それじゃ、また動きがあったら連絡するから』 携帯電話を切る時には、さっきまでの不安が嘘のように晴れていった。 (俺、なに心配していたんだろう…) こうして不安を払拭した翔は、またいつもと変わらない毎日を送り始めた。

2022.2.27

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#303-2 不安―それから、ひと月が過ぎた。 田中からは何の連絡もなく、山積みされた商品を引き取りに来る気配は一向になかった。 (どうなっているんだろう…もしかして騙されたのか…) 不安に思った翔は、田中の携帯電話を鳴らした。 (もしつながらなかったら、解約してたら、騙されてたことになる) ―プルルルル…。 相手の電話の呼び出し音が鳴った。しかしそれで安心できるはずなどなかった。 (番号に気付いて出ないかもしれない…) ―プルルルル…プルルルル…プルルルル… 1回、1回のコールがとても長く感じられた。 (田中さんは前の車の時だって、ちゃんと約束を守ってくれた。今回だって、きっと…) 自分を励ますが相手が電話に出ることはなく、無情にコールだけが鳴っていた。 (頼む、お願いだ。出てくれ…) 心の中で叫んだその時、 『もしもし、輝咲さん? すいません、なかなか出られなくて』 いつもと変わらない調子の田中の声が聞こえて来た。 (出てくれて、良かった…) 驚きと安堵から、翔の言葉はちゃんとした形をなしていなかった。

2022.2.27

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#303-1 不安松本老人から借りた金を田中に渡してからしばらくした頃、大型トラック一杯分もの大量の段ボール箱が翔の元に届いた。訳の分からない翔は、運送会社にその荷物について確認すると、それが田中の言っていた「しまだ」に卸す洋服だということが分かった。 (なんでここに送られて来るんだ?) 意味が分からず混乱していると、それを見越していたかのように田中から連絡が入った。田中の話では、倒産した店が倉庫も手放してしまったため、そこに置いていた商品の保管場所がなくなってしまったのだという。「しまだ」が買い取るまでの間、翔の方で保管しておいて欲しいというのだ。 (これを売らないことには、松本さんに借金を返せない) 背に腹は変えられない翔は、仕方なく隣の物件―かつてギャルソンズがあった場所を借り、商品を保管した。山積みされた大量の段ボールは他の物を置く余裕など残さず、その物件を埋め尽くした。

2022.2.27

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#302-4 予兆「輝咲さん、1200万円を何とか工面してもらえないか。この前の車の時のように売り先はもう決まっているんだ。絶対に損はしない。輝咲さんの取り分として1000万円払うから頼む!」 座ったまま田中は頭を下げた。その光景に周りの客やキャスト達は何事かといった視線を送った。 「た、田中さん。そんな…頭を上げて下さい」 「僕はこの件を何とかしたいんだ。お金の問題だけじゃない。そのオーナーには昔、お世話になったから、その恩を返したい…だから頼む!」 「分かりました。お金は僕の方で何とかしますから、頭を上げて下さい」 そのひと言に田中は再び表情を一転させ、満面の笑みを浮かべた。 「本当? 良かった…ありがとう!」 強気な口調で展望を語っていたと思ったら、次の瞬間には頭を下げて頼み込んでくる。コロコロと変わる田中のペースに、翔は半ば強引にお金の工面を引き受けさせられてしまった。 (なんか調子が狂う人だな…。この前より大きい額だけど松本さん、貸してくれるかな…) 思案する翔の横でシャンパングラスを傾けている田中の目は、それまで翔には見せたことのない狡猾な色を湛え、口元には笑みが浮かんでいた。 そして悩んだ末、翔は再び松本老人から1200万円の借金をした。

2022.2.20

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#302-3 予兆「これは?」 「実はその店、先月に倒産したんだ。オーナーとは長い付き合いなんだけど、彼は借金返済の足しにしようと、残った在庫を売り払いたいらしいんだ。それで、僕に格安で構わないからどこか売り先がいないかって相談してきた」 「倒産した店の商品を買いたがるところなんてあるんですか?」 「それがあるんだよ。衣料専門店チェーンの『しまだ』は知ってるよね、そことコネクションがあるんで、在庫商品が総額いくらで引き取れるかを聞いてみたんだ。そしたら、こっちが仕入れる金額の倍額で引き取ってくれることになったんだ」 アパレル業界のことは全く分からない翔だったが、目を輝かせながら話す田中の様子から、いかに旨い話かを理解した。 「でも、ひとつだけ問題があるんだ…」 田中がそう言った時、翔には次に来る言葉が予想できた。 「お金…ですか」 「ああ…。これだけの好条件が目の前にありながら、俺にはそれを仕入れる資金がない」 それまでの高揚ぶりから一転、田中はうな垂れるように言った。 「いくらなんですか?」 「仕入れ値で1200万円。でも、それが2400万円で売れるんだ。右から左で1200万の儲け、逃すにはもったいないよな」 と言うと、田中は姿勢を正し改まった表情で言葉を続けた。

2022.2.20

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#302-2 予兆「すいません、失礼します」 座っていた客席を担当のキャストに任せ、翔は田中の席へ移った。 「田中さん、店にいらっしゃるなんて、どうしたんですか」 「もちろん、飲みに来たんだよ。それにまた良い話が入ったんで、その話もしたくてさ」 「そうだったんですか、ありがとうございます」 「とりあえず、これからの2人のビジネスの成功を祈って、ドンペリのロゼで乾杯でもしよう」 2人は〝ピンドン〟などと呼ばれ、1本10万円もする高級シャンパン・ドンペリニョン・ピンクで乾杯をした。 ほどなくして、田中はブリーフケースから企画書を取り出した。 「これを見てくれ」 渡された10枚綴りの企画書には、栃木の郊外にある大型洋品店の紹介が写真入りで説明されていた。

2022.2.20

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#302-1 予兆それからひと月ほど過ぎた頃、田中は借りた金に約束通り10パーセントを乗せて返してきた。金儲けがしたかったわけではなく、薫のことを考えてお金を貸しただけの翔は、その上乗せされたお金をそっくりそのまま松本老人に渡した。 23歳の時、3000万もの借金を背負った経験が、翔に人一倍金の重さを実感させた。だからこそ、自分の儲けも取らず返金することで、それを貸してくれた松本老人に恩を返したのだ この一件で、翔は田中が信用できる人間と思うようになった。 それから数日後の営業中、翔は常連客に呼ばれ客席で話をしていた。 「失礼します。オーナー、ちょっとよろしいですか」 太田はそう言って翔の下に来ると、耳元に口を寄せ、小声で話した。 「6番テーブルのお客様がオーナーに話があるとのことですが」 その言葉に翔は、ちょうど自分の背中側にある席を見た。 すると、そこには田中の姿があった。

2022.2.20

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#301-7 紹介翔は、この事を松本老人に相談してみようと思った。あの言葉が本当かどうか確かめる意味でも。 ジッと考え込む翔の姿を見て、アテがあると気付いたのか、それまで口を挟まなかった薫が翔の背中を押すように言った。 「翔さん、田中さんは信用できる人よ。できるなら力になってあげて。お願い!」 そう言うと、薫は拝むように手を合わせた。 (ここで断ったら、いつも頑張ってくれている薫の顔を潰すことになるよな…。車の売り先も決まっているんだし、松本さんにもすぐに借りた金を返せるから迷惑にはならないだろう) 考えが固まると、翔は田中の目を見て答えた。 「分かりました。用意するのに少し時間がかかるかもしれませんけど、それで良ければ…」 すると田中は、満面の笑みで翔の手を両手で握りながら言った。 「ありがとう。やっぱり薫さんから聞いていた通り、懐の深い人だ。キミとならこれからも一緒に良いビジネスができそうだ」 その数日後、松本老人に相談したところ、2つ返事で300万円もの大金を貸してくれた。 これで、薫の顔を立ててあげることができる。そう思い、翔は安心し胸を撫で下ろした。 しかしこの時、翔はまだ気付いていなかった。これが再び始まる試練の入り口となることを。

2022.2.13

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#301-6 紹介そう思った時、翔の脳裏に1人の人物が思い浮かんだ。ジュエルを再会した時から店に来てくれるようになった、ある老人の事を―。年齢は70歳くらい。「若い女の子と話ができるキャバクラというのに1度、来てみたくてねぇ…」と言って来て以来、週に何度も通ってくれている松本老人の事を。 聞けば、某会社の元社長で、地元の資産家だという。奥さんを亡くし、子供たちも独立しての1人暮らし。キャバクラ通いが現在の唯一の楽しみだという。 その松本老人がある時、翔に言った。 「キミは偉いねぇ」 「はっ?」 「聞いたよ。火事で焼けた店の借金を1人で背負って、ちゃんと完済したんだってな。その若さで大したもんだよ。キミはこの先、実業家として大きくなれる可能性がある。成功するためには金が必要な時もある。もし、急場の金が必要な時は、ワシの所に来なさい。キミという人間を担保にして金を回してあげるから」

2022.2.13

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#301-5 紹介いまいち納得はできなかったが、人それぞれ考え方は違うと思い、それ以上は何も言わなかった。 「それで、その話と僕にどういう関係があるんですか?」 「うん…実は、この車を買う資金が足りないんだ。返す時に10パーセント上乗せして返すから、僕に300万ほど貸してほしい。売り先が決まってる確実な話だから、絶対に儲かる話なんだ」 「…」 翔は返答に困った。しかしそれは、初対面の相手に300万もの大金を貸すことに悩んでという訳ではなかった。それ以前に、3000万円の借金を返し終えたばかりの翔に300万という大金などあるはずもない。 (こうやって薫が紹介してくれたのも何かの縁だし、貸せるものなら貸してあげたいけど、そんなお金ないしな…)

2022.2.13

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#301-4 紹介「もちろん。ここで終わりじゃ儲け話じゃないさ。僕の方で、ちょうど中古車ディーラーをやっているクライアントとも付き合いがあるから、そこに聞いてみたんだ。そこはとても状態の良い商品を扱っている会社でね、条件に合う車があったんだ。しかも僕との関係だからってかなり値引きをしてくれて、先方の希望している額よりも50万近く安い金額で売ってくれることになったんだ」 翔は田中の言いたいことがわからず黙って聞いていた。 「しかも、車を買う側は予算までなら出すと言っている。つまり、僕が車を仕入れてその人に売れば、それだけで50万儲かる。ウマい話だと思わないか?」 「確かにそうですけど…両方とも田中さんのお客さんなら、直接、紹介してあげたらどうですか?」 「輝咲さんはお人好しだな。右から左に流すだけで50万儲かるんだぜ? しかも両方の人に喜んでもらえるんだし、良いこと尽くしじゃないか」 「そういうもんなんですか…」

2022.2.13

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#301-3 紹介話を聞きながら翔はそう思った。 それから一時間くらいが経過しただろうか、自己紹介代わりと言わんばかりに仕事の説明をひとしきり終えた田中は声のトーンを落として呟いた。 「さて…」 テーブルに両肘を乗せて、顎の前で両手の指を組み合わせ、少し顎を引くと、上目遣い気味に翔を見ながら言葉を続けた。 「実は今日、輝咲さんとお会いするにあたって、手みやげ代わりに儲け話を持って来たんです」 「儲け話?」 「ええ。今、懇意にしてもらっているクライアントの社長が車の購入を検討しているんだけど、予算と希望に合う車がなかなか見つからないらしいんだ。それで、僕の所にその社長から予算と希望に合う車を見つけられないかって相談があってね」 「はぁ…。でも、僕、車には強くないですよ」

2022.2.8

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#301-2 紹介「イベント企画って一口で言ってもいろんな要素が含まれているんだ。基本的には、その名の通りイベントを企画して開くのが中心なんだけど、会場のデザインをつくる〝スペースデザイン〟、街頭で試供品を配ったりする〝フィールドプロモーション〟、さらには特典をつけて販売促進を狙う〝インセンティブプロモーション〟の企画なんかも手掛けている。しかも 、開催までにかかる初期経費の計算とか、関係者との定期的な会議も、ウチで主導していかなきゃいけなくて、これがまた結構大変なのよ」 「へぇ…なんか凄そうですね…」 仕事内容について説明する田中だったが、馴染みのない業界用語に翔はとりあえず頷く事しかできなかった (なんかよく分からないけど、薫の言う通り、いろんなことしている人なんだな)

2022.2.8

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#301-1 紹介ジュエル開店から2年が経ち、火事による借金もほとんど完済することができたある日、キャストの薫は翔に1人の男性を紹介したいと言ってきた。 「その人は田中さんって言って、私も昔からお世話になっている方なんだけど、いろいろな仕事を幅広くやっている方なの。お店が火事になった時の内装屋さんも、実は田中さんが紹介してくれたんだ。田中さんの口添えだったから、あんなに融通してくれたの。会っておいて絶対損はない人だから」 苦楽をともにしてきた薫がそこまで言う以上、翔に断る理由はなかった。 その翌週、竹の塚駅前にあるファミリーレストランで薫から田中を紹介された。 「翔さん、こちら田中さん」 「はじめまして。プラウニーというイベント企画会社をしている田中です」 軽い調子でそう言って右手を差し出してきたこの30代半ばの男性は、カジュアルジャケットにノーネクタイ、幅の狭いメガネに無精髭という出立ちでいかにも〝業界人〟という雰囲気だった。

2022.2.8

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#206-6 規律今では頭文字を取って“KIZAKIのA・B・C”と呼ばれているものだ。その内容も至ってシンプルで、「遅刻をしない、身だしなみをちゃんとする、店内をキレイに保つ」といった、社会人として、そして接客業として基本となることを、手を抜かずにキチンとするというものだった。 そういう意識ができる人間は、気配りや立ち振る舞いなど、全てにおいて自然と隙がなくなってくる。それは才能とは関係なく、意識さえすれば誰にでもできることだ。だからこそ、それができる人に客は居心地の良さや快適さを感じるのだと翔は考えていた。 翔の視線はいつも先を見ていたが、背伸びをすることはなかった。下しか向いていないと上には上がれない。だが、上ばかりを見ていては足下の小石に躓いてしまう。そう考えていたからだ。 できることをしっかりやっていけば、必ず次のステップに上がることができる。今までできなかったことができるようになる。1人ひとりが成長することで、店全体が成長できる。

2022.2.8

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#206-5 規律例えばある日の営業終了後、常連客がそれまで指名していたキャストから別のキャストに指名替えをした。当然、それまで指名を受けていたキャストは面白くなく、新しく指名を受けたキャストに「横取りするな」と詰め寄った。言われたキャストも因縁を吹っかけられたようなものだから、その言葉に反論し口論に発展した。「売り言葉に買い言葉」で、どんどんヒートアップしていく2人は、ついには取っ組み合いのケンカにまで発展しそうな勢いだった。 太田たち黒服も止めに入ったが治まる気配はなかった。その様子を見ていた翔は2人の元へ行くと、いつも通りの口調で独り言のようにボソッと言った。 「ケンカしてる時間があるなら、その時間でお客さんのために何かしたら?」 その通りなだけに2人はグウの音も出ず、ただ黙るしかなかった。 この頃から現在に至まで、翔が掲げる営業理念は一貫して同じだった。 「当たり前の事を、バカにせず、ちゃんとする」

2022.1.30

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#206-4 規律それは足し算と割り算だけの簡単な計算だった。しかし、月単位でも週単位でもなく日単位にしたのは、自分も含めたスタッフが、その日その日が勝負という気持ちで仕事に臨むためだった。「明日がある」と逃げ道を作らずに、今日に挑むためだった。 そして、この単純な計算から出された目標は、単純が故に根拠が透明で、スタッフたちも簡単に理解することができた。それは同時に「やらなくちゃ」と素直に思えることにもつながった。 理解できない小難しいことを言って言葉でねじ伏せるより、共感できる説明をして納得してもらう方が、みんなも頑張れる。自分がされて嫌なことはしない。納得できることをする。それが翔の判断基準だった。言い換えれば、それは物事の核心を突くということだった。 スタッフ間の結束の強いジュエルでも、時にはキャスト同士がトラブルになる事もあった。そんな時、いつも翔はこの核心を突くひと言でその場を治めていた。

2022.1.30

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#206-3 規律体制も店内の装いも新たに「キャバクラ」として再開したジュエルは、火事が起る前と変わらず盛況だった。翔は3000万円という借金を負った事により、それまであまり意識していなかった売り上げにも気を配る様になった。これまでは、売り上げから店舗の賃料等の諸経費を引き、残ったお金を成績に応じて分配していたが、これからは、返すべきお金の事を考えなくてはならなかった。 この状況にどう対処すればいいのか。翔は自分なりに方法を考えた。と言っても、工業高校しか出てない。しかも決して成績優秀とは言えない。むしろ、その逆だった自分には、バランスシートなど難しいことが分かるわけがない。 とにかく、みんなの給料と店の家賃と借金が返せればいい。そこで、その全部を足して、1ヶ月で割った金額を毎日の売り上げ目標とした。

2022.1.30

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#206-2 規律2部のホストクラブで主戦力だった達也らブルーナイトからの移籍組が、独立を申し出たからだ。といっても、翔に不満があってというわけではなく、むしろ翔のことを考えての申し出だった。 ジュエルのように1つの店舗で2つの業態を運営するのは、2倍の人件費がかかるということ。このやり方だと店舗は1つで済むし、片方がウマくいかない場合、もう片方がフォローすることはできるが、その分、限られた営業時間の中では、売り上げの限界も見えてきてしまう。 ジュエルでは1部のキャバクラと2部のホストの売り上げは同じくらいとなれば、借金を背負った今、どちらか片方だけに整理した方が人件費の分だけ利益を挙げることができる。そう考えた達也は、新人の多いキャバクラより、経験者の多いホストの方が人件費が嵩む事から、翔の負担を減らそうとして退店する事にしたのだ。そしてホスト部門は翔の手から離れ、以降、キャバクラに専念する事になった。後年、首都圏に十数店舗を持つ〝キャバクラの若き帝王〟と呼ばれる輝咲翔の本格的なキャバクラ人生のスタートだった。

2022.1.30

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#206-1 規律借金を返さなくてはならない。そのための方策を翔は考えた。 「ホストクラブはいい人材を捜し当てるのが難しいし、ホストのレベルが高くなければ女性客は集まらない。売り上げの高いホストは独立志向が強いから、いつ戦力を失うかもしれない。もし、ホストクラブを続けるんだったら、自分も戦力になる必要がある。それでは限界がある」 思い切ってホストクラブを止めて、キャバクラに一本化すればどうだろうか。ホストに比べてキャストのニーズは高い。自分は経営者として全力投球できるので、事業拡大できるチャンスが広がる。借金を返済する上での道はおのずと決まった。そして再開したジュエルは、それまでの2部制を止めてキャバクラのみにした。

2022.1.23

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#205-5 再起―またみんなと一緒に仕事ができる。その喜びの方が大きかったのだ。 内装と同時進行で家具や備品などを仲間たちと買い出しに行き、準備を進めながら、ジュエル再開への期待に胸を膨らませた。そして、そんな翔を見守る仲間たちも同じ想いで、店を1日でも早く再開させたいと、ある者は工事中の店舗に来て業者の手伝いをし、またある者はジュエル再開の案内を作り始めるなど、各々が自分にできる限りのことをした。 仲間たちの協力のおかげもあり、火事から2週間後の7月24日、ジュエルは営業を再開した。 「とにかく、まずは借金を返そう。そのためにもこれまで以上に頑張ろう」 奇しくも借金を負ったことで、翔は初めて働く明確な理由を見つけた。

2022.1.23

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#205-4 再起そんな中、キャストの薫は知人がやっている内装業者を翔に紹介した。既に薫が事情を説明し、交渉しておいてくれたので、その業者はジュエルの改装と水浸しになった下の店舗の補修、煤で汚れた上の階の住居や共有部分の清掃などを破格の金額で対応してくれた。その上、その支払いを毎月の分割で了解してくれたのだ。 その後、水浸しになった周辺店が修理をしている間の休業補償も、対応が早かったことと、またもや大将が間に入ってくれたこともあり、最少限で済ますことができた。 翔は思った。全て人間関係のおかげだ。世の中で事をなすには、それが1番大切な事だと。 とはいえ、この火事の1件で翔は23歳にして、3000万円もの借金を負うこととなったのである。両親やスタッフなど、借金のことは誰にも知らせず、自分の内に潜めておいた。誰に相談しても解決する問題でもなく、自分自身で返すしかないと自負していたからだ。この時の翔は、そんな借金へのプレッシャーなど微塵も感じていなかった。

2022.1.23

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#205-3 再起普通に考えても火事を起こした時点で契約は解約になる。翔は再契約には応じてもらえないだろうと覚悟していた。今の場所で店を再開させることは不可能だろうと。しかし、「あの場所で始めたのだから、あの場所で続けたい」―ささやかなことだが翔にとっては、どうしても通したい一念だった。 大将はそんな翔の気持ちをくみ取り、大家に話をつけてくれたのだ。しかも、昨日の今日で。 「あ、ありがとうございます!」 翔は感極まって深く頭を下げた。大将はそんな翔の姿を見ると、昨日とは一転し、笑顔で冗談っぽく声を掛けた。 「もう燃やしてくれるなよ」 「ハイ! 絶対に」 「同じ場所でまた店を続けられる」その連絡を受けた仲間たちは、誰に言われるともなく、店に集まり、黙々と廃材の片付けなどを開始した。その中には、親友の大平や太田の同級生・島田など、ジュエルとは無関係の人間もいた。皆、翔を心配し駆けつけてくれた友人達だった―。

2022.1.16

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#205-2 再起大将は翔の眼をしばらく見つめた。翔は眼を反らす事なく力強く見つめ返した。その間、わずか数十秒が、翔にはとてつもなく長い時間に感じられた。そして、大将は言った。 「分かった」 返事はそれだけだった。それだけ言うと、大将はもう話すことはないと言わんばかりに席を立ち、店の奥へと行ってしまった。しかし、翔にはそれで大将が全てを許してくれたということが分かった。だから、そのまましばらくの間、大将の消えて行った方に向かって、感謝の気持ちをこめて頭を下げ続けた。 その翌日、大将からの電話を受け、翔は再び鶴寿司の敷居をまたいだ。 「大家とは話をつけといた」 昨日と同じ様にカウンター席に座り大将は言った。 「えっ?」 「今回の損害分は保証金から支払うってことで納得してもらった。契約は継続ってことだ」 「…」 火事が起きた時、駆けつけた大家は、翔に思いつく限り辛辣な言葉をぶつけた。 「まさか、1ヶ月やそこらでこんなことをしてくれるとは思わなかった」 「本気だとか偉そうなこと言っても、所詮はガキの遊びだ」 「こんなガキを少しでも信じたワシがバカだった」

2022.1.16

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#205-1 再起翌日、翔は早速、仲間たちに電話をかけた。 「店、もう一回やろう」 誰もがジュエルはこれで終わりだと思っていただけに驚いた。そして、1晩で立ち直った輝咲翔という人間の強さにも。 翔には今回の一件で誰よりも先に会いに行かなければならない相手がいた。翔は仲間たちへの電話を終えると、車を飛ばして、その相手の元へと向かった。 「―僕のことを信用してくれたのにこんなことになってしまい、本当にすいませんでした」 深く頭を下げた翔の眼前には鶴寿司の大将の姿があった。翔が誰よりも先に会いにいかなくてはならない相手とは、親兄弟でもないのに翔を信じて保証人にまでなってくれた大将だった。 「…」 大将は口を開かず無言のまま翔の姿を見ていた。翔は大将の口から言葉が出るまで頭を下げ続けた。 その状態が何分続いただろうか。大将がようやく重い口を開いた。 「それでどうするつもりなんだ、これから」 翔は頭を上げ、大将の眼を見てキッパリと言った。 「店、続けたいんです。あの場所で、もう1度!」

2022.1.16

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#204-8 理由翔は千春が励まそうとしてくれているのが分かり素直に嬉しかった。しかし、それ以上に翔は千春に感謝していた。翔から見てちょうど千春の背後にある棚の上に置かれた写真立て。そこには、翔の知らない男性と千春の仲睦まじい姿が写されていた。 (千春は今、付き合っている男がいるんだ。当然だよな、一年も経ってるんだから) 翔は千春とヨリを戻すことを考えていたわけではなかったので、ショックという気持ちはなかった。ただ、そういう相手がいるのに、こうやって自分を受入れ、そして気遣ってくれたという千春の優しさに、ただただ感謝していた。 そして弱みを見せ、優しさをもらった翔は、夜通し千春と話をした。その話をしていく中で、翔は徐々に自分らしさを取り戻し、そして気持ちが整理されていった。 (これは試されているんだ。神様か誰かが「辞めろ」と言っているんじゃなくて、「この壁を乗り越えられるか?」と試しているんだ。きっと、この道が俺の進むべき道。だから、こうやって試されているに違いない) 「降り掛かる災難は全て自分が次のステージに上がるために試されている試験のようなものなんだ。現実逃避せずに乗り越えなくていかなくちゃいけないんだ」―この出来事以来、翔はトラブルに対してそう思えるようになった。 この精神的な成長が…そして強さが、これ以降の翔を更なる高みへと導くこととなるのだ―。

2022.1.10

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#204-7 理由これまで過去を振り返る事などなかった翔は、この時初めて、過ぎ去っていった彼女との時間を懐かしく愛しく思った。そしてその穏やかな気持ちは、頑なに他人には見せまいとしていた翔の弱さ―心の扉の鍵を開けた。 「実はさっきウチの店が火事になったんだ」 「えっ?」 「ケガした人はいなかったけど、店はもう滅茶苦茶だ。周りのお店への賠償責任も出てくるって言われた…」 「でも保険、入ってるんでしょ?」 しかし、その言葉を遮るように翔は首を横に振った。 「入ってないの?」 「知らなかったんだ…そういうの。店を開く時に、誰にも相談とかしなかったから…」 「それじゃ…」 千春はそこで言葉を止めた。本当は「どうやって払うの?」と聞こうとしたが、それが見つからず途方に暮れて自分の元にやって来たのだと分かったから。 そして千春はそれまでの心配そうな表情から一転し、笑顔を作ると翔に言った。 「今日はゆっくりしてってよ。つまり今日は仕事がないってことなんだからさ、この1年分の話、いろいろと聞かせてよ」 「千春…」

2022.1.10

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#204-6 理由「どうしたの? 翔が尋ねてくるなんて珍しいね」 紅茶をいれながら、千春は努めて明るく言った。 「ゴメン…」 「別に責めてるわけじゃないよ。ただ、付き合ってた時ですら、翔の方からウチに来てくれることなんてほとんどなかったからね、どうしたのかなって思って…。凄く元気ないよね」 「…」 翔は肯定する代わりに沈黙した。 「今も…ホストやってるの?」 「…今は店をやっている」 「店って…自分でお店やってるの?」 「ああ…」 「凄いじゃない。じゃあ今、翔はオーナーさんなんだ」 「そういうことになるのか、一応。実感はないけど…」 そう言うと翔はいったん、言葉を切った。そして、日常の流れの中に置いてきた記憶を手繰ると、また言葉を紡いだ。 「千春は、まだ銀行勤めか?」 「うん。窓口は3時で終わりだから、相変わらず5時にはウチに帰れるんだ。イイでしょ」 1年前と変わらない笑顔を向けてくれる千春に、相変わらずの抑揚のない口調だが、翔は少しづつ口数が増えていった。 「そっか…5時は俺が出勤準備を始める時間だな」 「それで朝帰りするの?」 「昼」 「えーっ! よかったぁ、翔と別れといて。そんなんじゃ、昔以上に会える時間がないもんね。こんな人と付き合ったら、きっと死ぬまで会えないよ」 「葬式で会えるよ」 「それって、死んでからじゃない」 「…」 2人、顔を見会わせると、いきなり 「プッ…アッハッハハハ…」 2人同時に笑い出していた。 (ああ…そういえば、昔はこんなことで笑い合ったりしていたんだっけ。懐かしいな…)

2022.1.10

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#204-5 理由女性の名前は山中千春。翔が高3の終わり頃から付き合っていた娘だ。翔の通っていた川口中央工業高校は男子校だったが、他校とのパイプ役をする生徒のおかげで、1部の生徒は女子校との交流があった。 翔は当時、太田と並び仲の良かったクラスメートの島田に連れられて行ったコンパで、浦和の女子校に通う千春と出会った。千春とはホストを始めるまでの約4年間付き合った。とはいっても、工場で働いていた頃は月に1、2回は会っていたが、トラックに乗るようになってからは1ヶ月から2ヶ月に1回しか会えなくなっていた。そのうえ、当時、翔は実家に住んでいたので、会う時は喫茶店で待ち合わせて数時間話して別れるという程度だった。 そんな2人の関係は、翔になかなか会えない寂しさと、ホストをしたいという翔の考えが理解できず、千春の方から一方的に別れを告げて終わった。翔の青春時代のホロ苦い思い出の1ページだった。 それから約1年、翔と千春は会う事はおろか、連絡を取る事すらなかった。なのに翔は、この人生最大のピンチに陥った時、なぜか千春に会いたくなって来たのだ。

2022.1.10

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#204-4 理由翔は車を走らせていた。既に夜の帷が下りた国道4号線をアパートのある草加とは反対方向の上野方面へ。店を後にしても家に帰る気にはなれなかったのだ。 対向車のヘッドライトの光が翔の目に映っては流れていった。 (俺、どこへ行こうとしているんだ) 翔の意識は目的地なく車を走らせているつもりだった。しかし、意識とは別の場所にある何かが、確実に目的を持って翔の体をある所へと運んでいた。そして車は隣町の西新井に入り細い路地を走ると、1軒のアパートの前で停まった。 翔は車から降りると2階の角の部屋を見上げた―灯りが点いている。その灯りをジッと見つめた。懐かしさと、ホロ苦さと、恥かしさが入り混ざった表情で。そして、意を決した顔になって2階への階段を上っていった。 2階の角部屋。表札には「山中」と書かれていた。 「…」 翔は深呼吸を1つして部屋のインターホンを押した。 ―ピンポーン ややあって、ドアはチェーンを掛けられたまま少しだけ開いた。突然の夜の来訪者を警戒するようにドアの隙間から女性の顔が見えた。歳は翔と同じ22、23歳位のその女性は翔の顔を見ると目を見開き、驚きの声をあげた。 「翔!」 「…久しぶり」 ハニカミながら言ったが表情は暗かった。女性はそれを見て、翔の身に何かあったと悟るとチェーンを外し、ドアを開けた。

2022.1.05

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#204-3 理由(誰のせいでもない。火事を起こしたアイツだって火事を起そうと思ったわけじゃない。過失とか不可抗力は誰にだってある。アイツはこれまで頑張ってくれていた。今、1番辛いのはアイツだ。責められない…それを責めても何も始まらない。不幸が広がるだけだ) (でも…何で俺の店がこんな目に遭うんだ。一生懸命やってきたつもりだし、みんなも頑張っていたのに…何でそんな店が失くならなくちゃならないんだ。ようやく始められたのに、これからだってのに、たった3週間でこんな事になるなんて…) 行き場のない、やるせない感情が翔の中に渦巻いていた。そして、最初で最後となる諦めの言葉が溜息のように重く吐き出された。 「もう店は諦めて、親父みたいなサラリーマンになった方がいいのかな…」 「もう頑張んなくてもいいのかな…」「昔みたいに普通の生活に戻ったほうがいいのかな…」  弱音を吐くことがない翔だったが、今回ばかりは味わったことのない深いダメージを負った。

2022.1.05

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#204-2 理由ビシャ…〟そんな一同の前に飛び出し、炭と煤の混ざった水に浸された床に土下座する男がいた。火事を起こした張本人であるキッチン担当のスタッフだった。 「すいませんでした!すいませんでした!すいませんでしたぁ!」 額を床に擦りつけ、叫ぶように何度も何度も叫んだ。 「そんなこと今さら、言わないでよ!」 「テメェ…どうするつもりだ」 「すいません!すいません!」 男は他にできることもなく必死に謝り続けた。 そんな「怒」と「哀」で満たされた店内で、ポツリと呟かれた消え入りそうなほどの小さな声が一同の耳に届いた。 「もう、いいよ…」 翔だった。そして、翔はそのまま何も言わずに店を出て行った。 「オーナー…」 「翔さん…」 怒鳴る事もなく、泣く事も、誰かを責める事もせず、静かに去って行く翔の後ろ姿を一同はただ見送るしかなかった―。

2022.1.05

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#204-1 理由火事は午後6時に出勤し開店の準備をしていた料理担当のスタッフが、コンロに火をかけたまま買い出しに行ったのが原因だった。午後6時半になり、太田が出勤した時には火の手は既に店中に広がっていたという。店は全焼し、階下の店舗や上階の住人に甚大な迷惑をかけた。せめてもの救いは、死傷者を出さずに済んだことと、建物には影響がないことだった。 消火活動が終わり、消防車や野次馬、翔に辛辣な言葉を吐いた大家が去った後も、翔はこれが現実なのか夢なのか分からないほど呆然としていた。そして出勤して初めてその惨状を知ったキャストや、火事の一報を聞き飛んで来たホスト達と火の手の治まった店内に足を踏み入れた。 そこには、今朝まで仲間と大勢の客とで楽しい時間を過した面影は見る影もなく、真っ黒に煤焦げた壁と水浸しの床、それに無惨に焼けただれたソファーやテーブルだけが残っていた。 「ひどい…」「なんで?」 そう言って泣き出すキャストもいた。

2022.1.05

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#203-4 炎上細い路地から店のある通りに出た時、その光景は翔の目に飛び込んで来た。 建物の前には消防車が数台止まり、放水して消火作業にあたっている真っ只中だった。消防服姿の消防隊員たちが忙しなく動いていた。そして周りには数十人の野次馬たちで人集りができていた。 店のある2階に視線を向けると、窓からは火の手が見えない代わりに、灰色よりも煤けた色をした鼠色の煙が茜色に染まった空に向かって伸びていた。 「なん…だ…これ…」 テレビのニュース番組の中で見たことがあるような光景だった。 (ああ、燃えたんだ…) 人集りの外で翔はテレビでも見ているかのように、呆然とその光景を見ていた。 その人集りの中心で消防隊員から質問を受けていた太田は翔に気付くと駆け寄って来た。太田は翔が車の中で想像していた神妙な面持ちよりもずっと深刻な、泣きそうな、悔しそうな、悲しそうな…その全てが入り混ざった表情で言った。 「すいません」 しかし、まだ夢の中にいて意識のハッキリしない感覚の中にいた翔は 「うん…」 そう答えるしかなかった―。

2021.12.26

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#203-3 炎上 (火事…火事…火事…) ジャージのまま車に飛び乗り、ジュエルに着くまでの15分の間、翔は現実感の持てないその言葉を心の中で何度も呟いていた。 (店が火事…まさか。シャングリラの店長、えらく慌てていたけど、ボヤかなんかだろ…ウチのスタッフからは連絡ないし。ちょっと焦げたとか、そういうレベルの話だよな…) 動揺する自分をなだめるように、何度も自分にそう言い聞かせた。 (きっと店に行ったら、太田あたりが神妙な顔をして、『ちょっと絨毯を焦がしてしまいました。すいませんでした』とかなんとか言ってくるんだろうな) 最悪の事態は考えず、とにかく楽観的に考えようとした。その頃には、運転する車は店にほど近くまで来ていた。 翔は店の近くに借りている駐車場に車を止めると、駆け出すこともなく、いつもの出勤と同じように歩いて店へと向かった。いや、違う。本当は駆け出したかったが、現実を見る事が怖くて走れなかったのだ。「店が何ともない姿を早く見て安心したい」という気持ちと「もしそうじゃなかったら…」という気持ちが交錯して、翔の足を重くしていた。

2021.12.26

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#203-2 炎上シャルマンだった頃、ホストクラブとキャバクラという関係上、シャングリラとは競合することはなく、その店長と道端で会った際には挨拶を交わす程度の関係だった。しかし、ジュエルになりキャバクラも始めた上、客入りも上々となると、シャングリラはジュエルに対してライバル心を抱くようになった。 翔にそんなつもりはなかったが、かつてのように挨拶をしても無視されていた。そのため携帯電話にはシャングリラの番号を登録してはいるものの、かけることもかけてくることもない状態だった。 「もしも…」 不思議に思いながら翔は電話に出た。電話口の相手はシャングリラの店長だったが、店長は翔が言葉を言い終える前に慌てふためいた様子で叫んでいた。 「オイッ!火事…お前の店、燃えてるぞ!」 「えっ!?」 単語を並べただけのその言葉から店長がいかにパニック状態にあるかが分かった。しかし、火事と言われても現実感が湧かなく、ピンと来なかった翔は、 「あっ、分かりました…」 とだけ答えると電話を切った。

2021.12.26

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#203-1 炎上―1996年7月10日 オープンから約1ヶ月、スタッフの間には歳が近いおかげで生まれた一体感―学生の部活動やクラスメートのような親近感があった。そしてそれは仕事をすることの楽しさにつながっていた。〝みんなでひとつのことを創り上げていく楽しさ〟―例えるなら翔も含めたスタッフ達は皆、学園祭で出し物をしている学生のような心境にあった。 半ば素人が集まってできたジュエルだったが、働いている人間が楽しければ来る客も楽しく感じるもので、気付くとジュエルには平日・週末に関係なく、連日、客が足を運ぶようになっていた。 この日、翔はブルーナイトの頃に通い始め、今では日課となっているボクシングジムにいた。夕方5時にジムに入った翔は、いつも通り夜7時の出勤時間まで汗を流すつもりでいた。 バンバンバン! ボクシング用のサンドバックをリズムよく叩いていると、ブルルルル…携帯電話の着信を告げるバイブレーターが震えた。 「誰だろう。誰か当欠でもするのかな」 翔はサンドバックを叩く手を止めると、畳まれたタオルの上に置かれている携帯電話を取った。その画面にはジュエルの真下にあるキャバクラ「シャングリラ」の番号が映し出されていた。 「シャングリラ…何の用だろ?」

2021.12.26

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#202-4 洗礼兄ちゃん。あんまりヤクザ者をナメるなや。この世界にはな、ルールってモンがあんだ。兄ちゃんがあそこで商売をするなら、まずはウチの組に挨拶するってのが筋だろ。そこで許しを得たうえで、納めるモンをキチッと納めてもらわねぇと他への示しもつかねぇんだよ!」 「つまり〝みかじめ〟…場所代を払えってことですね」 「単刀直入に言えば、そういうことだ」 「すいません…シャルマンの頃は、そういうのがなかったので知りませんでした」 「シャルマン? 今の店の場所に前あった店だよな。兄ちゃん、あそこの店にいたんか?」 「はい。店長をやっていました」 「そうかい、なら話は早え。これまで通りの付き合いってことでええな?」 同意を求めるセリフだったが、男は残りのコーヒーを一気に飲み干すと、翔の返事も待たずに一方的に席を後にした。 (「ええな?」って…どうしたらいいんだ。振り込みなのかな?そもそも俺、返事してないんだけど…) コーヒー2杯分の伝票と一緒に席に取り残された翔は思った。 翔が店に戻った後は、1部のキャバクラ、2部のホストとも営業終了までの間、客は途切れることなく、また特に大きな問題が起ることもなく平穏に過ぎていった。 こうして、後に首都圏に十数店舗を構えるまでに成長を遂げるKIZAKIグループの記念すべき一号店『ジュエル』の初日は大盛況で終えた―。

2021.12.20

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#202-3 洗礼翔と男はジュエルから数分の所にあるファミリーレストランに場所を移した。 「それでお話しというのは?」 「俺はこの辺を任されている者だ…といえば分かるよな」 「すいません。どういったご用件でしょうか?」 男を挑発するようなセリフだったが翔にとっては、ごく自然に出たセリフだった。この1年間、夜の世界で生きてきたが、一介のホストだった頃は、このテの人間たちとは直接絡む事はなく、店長となった時も既に悟志が〝そういった事〟は話をつけてあったので、翔はこの世界のルールというものを全く知らなかった。 その上、任侠映画にも全く興味がなかったので、この男がいったい何を言いたいのか想像すらできなかった。男はそんなことは当然知るはずもなく、サングラスを外すとドスの効いた声で話し始めた。

2021.12.20

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#202-2 洗礼しかし、翔は特に気にする様子もなく、男にも他の客に接する時と同じように声を掛けた。 「おう、兄ちゃん。ここは今日開店なんか?」 男の問い掛けに翔は、やはり動じる様子もなく答えた。 「はい。今日からオープンです」 男はその言葉を聞くと、ニヤリと笑みを浮かべた。 「そうか…じゃあ、ちょっと責任者を出してもらおうか」 「僕が責任者ですが…」 「ほう、随分と若ぇじゃねぇか…まぁいい。じゃあ、ちょっと兄ちゃん話そうや」 そう言うと男は肩を組むように翔の肩に腕をまわしてきた。 (オーナー…) 太田は気が気ではない様子でその光景を見ていた。 「でしたら少しお待ち下さい」 しかし、当の翔はその腕をどかすと、太田の方に歩いて来た。 「あのお客さんが話があるって言うから、ちょっと出てくるよ。すぐ戻るけど、それまでの間、ホールが1人になっちゃうけど頼むね」 「ちょっとコーヒーでも飲んでくる」というような感じで、何事もなくそう言う翔に、太田は不安を感じた。 (オーナーは、相手が誰だか分かってないのか?) そんな太田を見て、翔は安心させるように笑って言った。 「大丈夫。死にはしないよ」

2021.12.20

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#202-1 洗礼開店から2時間が経過し時計は午後10時をまわった。開店時の来店客の多くは既に帰っていたが、新しく来店した客と入れ替わっただけで、相変わらずの盛況ぶりだった。 しかし、建物の前では並ぶ祝い花を見てニヤリと口の端をつり上げ、怪し気な笑みを浮かべる男の姿があった。 「ありがとうございました。またよろしくお願いします」 翔は出口で帰る客を見送っていた。そして客が出て行き扉が閉まりきる直前、再びドアが開くと、その男が入って来た。 「いらっしゃいま…あっ」 空いた客席を片付けていた太田は振り返りながら挨拶をしようとしたが、言葉が止まった。そこには白いスーツに白いエナメルの靴を履き、茶色味がかったサングラスをかけた〝いかにも〟といった格好の男が立っていたからだ。何よりも、その男のサングラス越しの眼光と漂う雰囲気は、明らかに一般人のソレとは異なるものがあり、その男が〝そっち筋〟の人間であることは明らかだった。

2021.12.20

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#201-2 地位「凄ぇなぁ…女の子たち、オーナーがこの店を開くために保証人の問題で頑張っていたのを知っているから、自分たちもできる限りのことをしようって、方々に連絡して、お客さんを呼んでくれたんだ」 「やれる、このスタッフとならやれる。絶対、ジュエル成功させられる」 翔はもう一度、店内に視線を移し、心の中でキャスト1人1人に感謝の気持ちを贈った。 「『下を従えるには、まず上に立つ人間が行動してみせること』。よく聞く言葉だけど、オーナーはそれを体言してみせたってことですね」 「なんだよ、その言葉遣いは〝オーナー〟なんて呼び方やめてよ。今まで通りでいいから」 「そういう訳にはいきません。これまでは友達だったかもしれませんが、これからはオーナーと社員の関係です。他のスタッフやキャストの手前、ケジメはつけます。オーナーがこの店に対して本気であるように、自分も本気です。分かって下さい」 「…分かったよ、ありがとう」 オーナーとなったことで生まれた〝立場〟というものに、少し寂しさを感じながらも、翔は太田の気持ちに素直に感謝した。

2021.12.12

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#201-1 地位二部制のジュエルは、午後8時から午前1時までがキャバクラ、午前2時から午前7時までがホストクラブという体制でスタートした。 シャルマン時代、ホストと店長を兼任していた翔だったが、今度はオーナーとして売り上げも含めた全てを管理しなくてはいけない。今まで以上に責任感が要求されるため、ジュエルでは店長という機能だけに専念することにした。また、翔とは高校時代からの付き合いである太田は、オーナーとなった翔にかかる負担と責任を心配し、ホストではなく黒服として翔をサポートすることを志願した。 開店当日、午後8時の開店と同時に客席はあっという間に満席になった。 「す、凄い…」 誰よりも驚いたのは翔だった。驚きと嬉しさが混在した顔で、店内の光景を見つめる翔の隣りに静かに立つと太田は言った。

2021.12.12

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#013-4 保証人保証人の問題も片付き、晴れて翔は店を再開させる事になった。これに合わせて、店の名前を「シャルマン」から“宝石”という意味の「ジュエル」へと改めた。 それは、この店と自分たちの行く末が宝石のように光り輝いて欲しい。そして、この店が自分たちとお客にとって宝物のような場所となって欲しい。そんな願いと想いを込めて名付けられたのだ。 また、男女共に楽しめる店とするため、シャルマンを開く時にはできなかった、ホストクラブとキャバクラの2部制を採用した。幸運にもキャバクラの女性従業員―キャストは、シャルマンの客や地元の友達からの希望者だけで充分に開ける人数に達していた。 こうして、シャルマンの閉店から3週間後の1997年6月19日、「ジュエル」が誕生した。この時、「オーナー・輝咲翔」は、若干23歳だった―。

2021.12.05

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#013-3 保証人翔は開店にはまだほど遠い鶴寿司で、大将と2人、カウンター席に座った。大将は翔にはウーロン茶、自分にはビールを出した。 翔は大将にだけは、ありのままを話した。悟志の借金からシャルマンが閉店したこと。そして自分が店を開こうとしたが、保証人を頼める人がいないことまで全て…。 「なるほどな。無鉄砲に突っ走ってみたけど、玉砕しちまったって訳か。俺も一応、このクレインビルの大家だからな。その立場で言ったら、意見は同じだ。保証人なしじゃ、俺も貸さねぇな」 鶴寿司はクレインビルと名付けられた7階建てビルの1階にある。その上の6フロアには、キャバクラを始めとする飲食店が入っていた。クレインとは英語で鶴という意味であり、このビルは大将が1代で築いたものだった。 「そう…ですよね」 大将の言葉に、すぐ近くにあると思ったシャルマンの再起が、実は遠くにあったのだと感じずにはいられなかった。 「でもよ、若いうちは、そういう無鉄砲さが大事なんだよ。最近のヤツは妙におりこうさんで物知り顔が多くてよ。みんな頭でばっかり考えて行動には移せねぇ。失敗を恐れて何もできねぇくせに、能書きたれてカッコばっかりつけたがる。俺はそういうヤツは嫌いでよ」 「でも結局、何もできなきゃ同じじゃないですか…」 「まぁ、それはそうだが…だったら、やってみりゃいいじゃねぇか、その店」 「え!?」 「能書きたれているヤツと翔ちゃんの違いは、翔ちゃんは保証人さえいれば店をやれるって事だろ。だったら、俺がその保証人になってやるよ」 「ええっ?」 「あそこの大家とは長い付き合いだし、俺が保証人になりゃ、『嫌だ』とは言わせねぇよ」 大将は笑って言った。しかし、翔はそれを素直に受けていいかどうか迷った。 「そんな…なんで俺なんかに?」 「なんでかなぁ…俺も保証人なんて生まれて此の方なった事なんかねぇんだけどさ、翔ちゃんにならなってやっても良い様な気がしたんだよな」 「た、たったそれだけの理由で、こんな大事なことを…」 「俺もよ、頭で考えるより先に行動しちまう方だからさ。直感が全てなんだよ。今まで『大丈夫だ』って直感した事で失敗した事はねぇんだぞ」 大将は得意気な表情をしてみせた。その顔に背中を押された翔は、椅子から立ち上がると、これ以上ないくらいの感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げた。 「ありがとうございます」 「ああ…」 ぶっきらぼうだったが、そう言った大将の瞳は優しかった。

2021.12.05

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#013-2 保証人ここまで来て、自分の非力さに腹が立った。悔しさから、横にあった電柱を渾身の力を込めて殴った。 「痛っ!」 右手の拳に激痛が走った。拳の皮が剥け、血が滲んでいた。その痛みは紛れもなく現実だった。そんな途方に暮れている翔に背後から声がかかった。 「よぉ、翔ちゃん」 「大将」 振り向いたそこにいたのは、近所の『鶴寿司』の主人だった。年の頃、40代半ば、翔たちはこの主人を“大将”と呼んでいた。 「いやぁ…電柱なんか殴ってるから、一瞬、違う人かと思ったが、やっぱり翔ちゃんだよな。普段は大人しいのに、そんな事するなんて珍しいな。どうした、悩みでもあるんなら聞いてやるぞ」 大将はいつも近所のキャバクラで飲み、そこの女の子を連れてシャルマンに来てくれていた。また、地元の少年野球チームの監督もしていたため、野球好きの翔とは気が合い、たまに2人でキャッチボールをしたりする仲だった。

2021.12.05

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#013-1 保証人シャルマンの閉店から1週間、突如、閉店したシャルマンに驚き、翔の元には客から何本もの連絡が寄せられた。それらの客には、悟志の名誉に関わる部分は一切語らず、病気を理由に店を閉じたとだけ言った。 そして、自分たちで店を再会するつもりだが、保証人問題で頓挫していると正直に話した。すると、客の中から保証人を申し出てくれる人が何人もいた。だが翔は、それらを全て断った。気持ちはありがたかったが、その人たちは店の運営方法についても口出ししてきたからだ。翔には、それが仲間たちとの自由な雰囲気を壊してしまう気がしたのだ。 諦めきれない翔は、気が付くと夢遊病者のようにシャルマンのあったビルの前に立っていた。 (まだ、1週間しか経ってないんだよな…) たった1週間のはずが、翔には何年も前の事に感じられた。 (親父には保証人なんか絶対に頼めない。兄貴たちじゃ、仕事はしているけど持ち家じゃないし。ほとんど付き合いがない親戚も無理だ。お客に保証人になってもらうのはいいけど、店のやり方に口を挟まれるのはどうしても嫌だ。もう、どうしようもないのか…クソッ!)

2021.12.05

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#012-6 蘇生―贅沢は贅沢ができるくらい稼げるようになってから。 それが翔の考えだった。そして、その考えのおかげで翔は23歳という若さで、次のステップへ進むための資金を持つ事ができたのだ。 「そこまで準備してあるなら仕方ない。あとは1人でいいから保証人を連れて来い」大家は折れた。 「保証人?」 初めて聞く言葉の様に翔は呟いた。 「そうだ。不動産を借りる時は、それが世間の常識だ。ちゃんと仕事をして家を持っている人。お前が何かあった時、代わりに家賃を払ってくれる人。それが保証人だ。そういう人間を誰か1人連れて来い」 「…」 それまでの勢いとは打って変わって、翔は沈黙した。 「どうした? たいした問題じゃないだろう。親御さんでもいいんだぞ」 「…いません」 「なに?」 「保証人になってくれるような人はいません。僕、トラックの運転手を辞めてホストになる時、親に猛反対されて半ば勘当されてるから、親に保証人は頼めません。他に保証人になってくれる人は思い当たらないし…」 思いがけない翔の返答に大家は驚いた。 「それじゃワシに限らず、どこからも不動産は貸してもらえんぞ」 「…」

2021.11.28

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#012-5 蘇生そう言うと額を畳みにつけた。普段はオットリしている翔だが、本気になった時は凄かった。何が何でもやってやる、押し通すんだという気迫が漲っていた。 駆け引きのない、真っ直ぐな言葉と熱意。ついさっきまで皮肉を浴びせていた大家だが、翔の気迫に圧倒された。 「お前が本気なのは分かった。だが、ワシもボランティアでやっているわけではない。その歳でちゃんと契約するだけの金はあるのか。家賃が月20万に、保証金が1年分、それに礼金が2か月分。合計で300万以上かかるぞ」 「大丈夫です。それくらいなら、これまでの仕事で貯めてあります」 (ほうコイツ、水商売のくせに金をちゃんと扱えるのか。思ったより、しっかりしてそうだな。チャラチャラしたブランド物も身に付けておらんし) 翔に対する大家の見方が少し変わった。この大家の金に対する考え方と、翔の考え方は通じる所があった。翔は酒、煙草は一切しなかったし、当時、ブランド物も全く持ってなかった。郊外という立地上、車は乗っていたが、それも国産の軽自動車だった。当時、翔の年収は700万を超えていたが、贅沢品には全く見向きもしなかった。

2021.11.28

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#012-4 蘇生「隣のビルの2階にあるシャルマンが入っている物件、僕に貸してもらえませんか」 「お前は、あそこで店長をしていたそうだな。家賃もロクに払えなかったくせに、また貸して欲しいと言うのか。随分とムシのいい話だな」 大家が翔に対して好意的でないのは明らかだった。 「確かに悟志さんは…飯田さんは家賃をお支払いしていませんでした。でも僕らは知らなかったんです。それに、売り上げは上がっていました。自分たちでやるようになったら家賃を滞納する事はありません。毎月ちゃんと払います」 「…そもそも、ワシはな、ホストクラブちゅうのが好きじゃないんじゃ。ホストという人種が嫌いなんだよ。男のくせに女に媚びへつらい金をもらう。男としての誇りも矜持も無い。恥かしくないのか!」 しかし、翔はキッパリと言い返した。 「おっしゃる通り、ホストは女性を相手にした仕事です。でも、媚びを売っているつもりはありませんし、へつらってるつもりもありません。今の時代、女性たちも社会に出て仕事をしています。男が仕事に疲れて夜の街に出て、女性のいる店に癒しを求めて行くように、女性たちも疲れを癒してくれる場所が欲しいんです。ホストクラブは、そういう場所の1つだと思っています。お客様が抱えている悩みや辛い気持ちを、僕たちの店にいる間だけでも忘れてもらい、明日も頑張ろうという気持ちになれるよう、一生懸命尽くさせてもらっています。男妾のような浮ついた考えはありません。僕も仲間たちも真剣です。だから、もう1度、みんなで自分たちの店をやろうと考えたんです。お願いです。店を貸して下さい!」

2021.11.28

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#012-3 蘇生こうして閉店を告知された翌日には、開店に向けて動き始めていた。 酒や食べ物の仕入れ先は既に確保されている。客へのリニューアルオープンの連絡は各々ですればいい。店内の準備は昨日まで使っていたもので充分。今まで悟志がやっていた金の管理方法は、やりながら憶えるしかない。すべき事はただ1つ、不動産の契約だ。翔はそう結論した。 酒も煙草もやらず浪費癖もない翔には、トラックの運転手時代、ホスト時代、そして店長の仕事を経て、不動産の契約料を払える程度の貯金はあった。 早速、翔はシャルマンの入っているビルの隣に在る大家の元を訪ねた。居間に通された翔は畳の上で正座し、大家と対峙した。大家は竹ノ塚にいくつもの土地や建物を持つ資産家で、地元の名士だった。還暦を迎え、白い髭をたくわえ、和服に身を包んだその姿は、頑固で厳格さに満ち溢れていた。だが、翔は物怖じする事なく会話を切り出した。

2021.11.21

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#012-2 蘇生上半身を起して叫んだ。希望が湧いてきた。顔にまた活力が漲ってきた。「みんなとまた店がやれる。店を続けられる」そう思うと、沸き起こる興奮を抑えきれず、受話器を持つと仲間たちに片っ端から電話をかけまくった。 「もしもし、太田か。翔だけど―」 「達也さん、翔だけど…店は続けるよ」 「修さん、店は僕がオーナーになって続けるから、また助けて下さい」 「みんなで、あの店、もう1度やろう。今度は俺たちの店としてやろうよ」 翔の電話を受けた太田たちは思った。 (そういえばアイツは昔っから無鉄砲で、思いつきで行動する癖があったよな) 達也は思った。 (店を続けるってか…良かった。今さら、ブルーナイトには戻れねぇもんな) 修も思った。 (翔がオーナーか。こうなったら、とことん付き合うぜ) そして、他の仲間たちは言った。 (翔がやるなら、俺たちは喜んで付いていくよ)

2021.11.21

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#012-1 蘇生シャルマンの終わりを告げられたその日、疲れ切って草加のアパートに帰ったにもかかわらず、翔は布団に入ってからも頭が冴えて眠れなかった。 「半年で得たもの…」 悟志の言った言葉が頭の中で反芻された。 「やっぱり、みんなと知り合えたことだよな…」 仕事をしている時が1番楽しいと思えた。それは苦楽を共にしている仲間たちがいたから。みんないいヤツばかりだった。好きだった… 「でも、店がなくなった今、みんなどうするんだろう。達也さんたちは、またブルーナイトに戻るのかな。修さんなんて、この店のために仕事辞めたんだろ。太田だって、仕事が失くなった」 なぜか考える事は自分の心配ではなく、仲間たちの事だった。 「もっと、みんなと仕事がしたいな…」 そう呟いた時、翔は自分の言葉が耳に入りハッとした。 「それなら、店を続ければいいんじゃねぇのか」 そう思うと、答えは単純な話じゃないかと感じた。元々、シャルマンに売り上げはあった。ただ、借金があったから続ける事ができなかった。それは悟志がオーナーとして始めたのだから仕方ない事だった。でも、借金も何もない自分がやるのなら、シャルマンの売り上げは純粋な売り上げになる。店もそのまま自分が契約して居抜きで借りれば準備費用は限りなくゼロで済む。すぐにでも始められる。 「そうだ。俺がオーナーになればいいんだよ」

2021.11.21

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#011-9 失意「本気で何とかしたい、何とかできると思っているのが分かったよ。ホストとして客である恵の気を引こうとしているとか、そういう打算じゃなく、本心から言ってくれているとね。その時、思ったんだ。『無関係なはずの翔君がここまで真剣にウチの店の事を想ってくれている。どのみち店を畳む事になるのなら、ここまで言ってくれた翔君と一緒に行けるとこまで行ってみよう』と。翔君やみんなのおかげでシャルマンができて、ギャルソンズの売り上げも伸びた。そのおかげで今日までやって来る事ができたんだ」 「悟志さん…」 「みんなの努力を不意にしてしまって本当に申し訳ない。でも、もしこの半年の間に少しでも何かを得る事ができたのなら、それを大切にして次に活かして欲しい…」 それが悟志の最後の言葉となった。悟志はギャルソンズとシャルマンを閉じると、2度と翔たちの前に姿を現す事はなかった。

2021.11.14

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#011-8 失意「…」 翔たちは何も言い返せなかった。そして悟った―店が終わることは、もう避けられない事なんだと。頭を下げ続ける悟志を見て、悟志が今日まで1人で苦しんできた事を理解した。すると、翔の中でさっきまで渦巻いていた悟志を責め立てるような感情は消え失せていた。代わりに、どうする事もできない現実に打ちのめされ、力なくうつむいた。仲間たちも同じ気持ちでうつむいた。 悟志は、そんな翔の姿をそれまでの悲しそうな瞳ではなく、なぜか優しげな瞳で見つめた。そして穏やかな口調で話し始めた。 「キミが娘に連れて来られてギャルソンズで働きたいと言った時のこと、今でも憶えているよ。あの時、キミは『この店の魅力をみんなに知ってもらいたい。そのために自分にも何かできる事があるかもしれない。それを見つけるために、ここで働かせて欲しい』そう言ってくれたよな」 翔は静かに頭を上げた。他の仲間たちも同じように顔を上げ、悟志を見た。

2021.11.14

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#011-7 失意言っている意味が理解できないといった感じで、悟志の言葉を繰り返した。 「ああ…実は、この1年間、ここの家賃はほとんど払えてないんだ。だから、大家の方から今月いっぱいで解約にすると言われて」 「そんな…だって、ちゃんと稼いでいたはずですよ。ギャルソンズだって。シャルマンができてからは、以前よりお客さんも増えたじゃないですか。それなのになんで」 納得できない翔は悟志の両肩をつかんで揺すりながら答えを求めた。そんな翔に悟志はか細い声で言った。 「そのおかげでここまでやれたんだ」 「え!?」 悟志の言葉に翔はそれまでの熱が冷めたかのように固まった。悟志は哀しそうな表情で言葉を続けた。 「本当は6ヶ月前、翔君がウチの店に来たいと言った時には、既に借金がどうしようもない額にまで膨れ上がっていたんだ。輝咲君が来てくれて、シャルマンができてからは売り上げも伸びはしたが、それでも借金の額からしたら焼け石に水だった。半年前までは利子すら返せていなかったのが、最近は何とか利子だけは払えるようになった。でも、そこまでだ。元金と滞納した家賃を支払うまでには到底、至らなかったんだ。俺にはもう自己破産するしか他に道がなくて」 「でも、恵さんはそんな話、ひと言も…それに、どうして俺に何も話してくれなかったんですか?」 「すまない…どれだけ売り上げを伸ばせたとしても、こんな小さな店だ。借金を返していく事は到底、不可能なこと。いつかは必ず終わりが来る。そんな事を考えながら、若いキミたちに仕事をさせたくなかったんだ。娘にも今日まで借金の事は話していなかった。本当に申し訳ない」 「…」

2021.11.14

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#011-6 失意「俺たちは本気でこの仕事に打ち込んで来たんです。ホストの事を水商売だ、男妾だと悪く言う人間もいる。それでも俺たちは、この仕事に誇りを持って頑張ってきたんです。それが『どうしようもない』のひと言で片付けられるなんて。悟志さんは俺たちがそんな程度の気持ちでやってきたと思ってたんすか。契約が切れるなら再契約すりゃいいじゃないですか」 感情剥き出しにそう言いながら悟志に詰め寄る翔の姿に、仲間たちは誰よりも翔が1番本気でこの仕事に臨んでいた事を実感した。そして、その翔の行き場を失くした想いを、痛みを我が身に感じていた。 (これからだと思ったんだ。みんなと、もっともっとやっていけると思ったんだ。この場所で…それなのに…なんで…)  翔の叫びは自分自身のためではなかった。踏みにじられた仲間たちの努力のために叫んでいた。 「悟志さん、答えて下さいよ」 その翔の痛みを全身に受けながら悟志は黙っていた。そして口を開くと、ゆっくりと話し始めた。 「翔君たちが本気でやってきてうれたのは俺だって充分理解している。再契約できるならしたい。でも、ここの契約は“切れる”じゃなく“切られる”んだ」 「切られる?」

2021.11.07

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#011-5 失意店内にいる誰もが言葉を失った。いや、悟志の言葉の意味が理解できなかったと言った方が正確だった。 (シャルマンが閉店。何で店を閉じなくちゃならないんだ) 翔の頭の中では、そんな疑問がグルグルと渦巻いていた。それは恐らく1分にも満たない時間だったのだろうが、何十分、何時間にも思える程の時間だった。それは他のスタッフたちも同じだった。ようやく少しの冷静さを取り戻すと翔は口を開いた。 「何で閉店しなくちゃならないんですか。売り上げは悪くなかったはずです。閉めなきゃならないなんて事はないはずです」 静まり返った店内に響いたその言葉は、その場にいた誰もが思っていた事だった。 「みんなは本当によくやってくれた。でも、どうしようもないんだ。この店の不動産契約が今日で解約される。これ以上、続ける事はできないんだ」 「だからどうしてですか?」 翔は声を荒げていた。普段、感情の起伏を見せない翔の怒気を含んだ声にスタッフたちは驚き、翔を見た。

2021.11.07

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#011-4 失意しかし閉店後、それに賛同してくれると思っていた悟志の口から吐き出された言葉は、翔が予想だにしない言葉だった。 閉店後の店内では、スタッフのホストたちが疲れ果て、ソファーで死んだように倒れている者、頭に冷たいオシボリを被り、酔いを醒まそうとしている者など、緊張の糸が切れてグッタリしていた。店を訪れた悟志は、そんなスタッフたちの前に立つと神妙な面持ちで口を開いた。 「みなさん、ご苦労さまです。今日はみなさんに大事な話があります」 その沈んだ声に、ただならぬ雰囲気を感じ取ると、疲れ切っていたスタッフたちも何事かといった様子で起き上がり、姿勢を正して次の言葉を待った。 その大事な話というのが何なのか…。聞かされていなかった翔も他のスタッフたちと同じように次の言葉を待った。 「みなさんには申し訳ないのですが、本日をもってシャルマンは閉める事になりました」 「…」

2021.11.07

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#011-3 失意翔は店長として、仲間たちを差配してきただけに、彼らがどれだけ店のために頑張ってくれているかヒシヒシと感じていた。いい加減な気持ちでやっている者が誰1人としていないと分かっているだけに、その気持ちに自分も応えたいと考えていた。 努力に見合うだけのポジションやお金、つまりインセンティブを設けることによって、スタッフたちのモチベーションはさらに高まる。努力に見合う結果は、さらに頑張るための原動力になる。さらに頑張れば、それに見合った結果をまた出せる。そうやって、店の売り上げが増えるのと同じ歩幅で、スタッフの最低保証の給料もアップさせて行きたいと翔は考えたのだ。 中間たちと店を発展させながら、みんなでお金を稼いでいく。翔の頭の中では、これからの期待に夢が膨らんでいた。

2021.10.31

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#011-2 失意―1997年5月31日 5月最後の営業日。締め日であるこの日は、週末の土曜という事もあって、いつも以上に賑わっていた。 客席が少ないとはいえ、満席となった店内を見渡し、翔は思った。開店から半年が過ぎ、店の基盤も固まり安定してきたから、スタッフの給料を上げてもらえるように悟志に頼もうと。売り上げについては悟志が回収・管理しているので具体的には分からなかったが、客入りも良いし、ホストに“ツケ”などの売り掛けもさせていないので、認めてもらえるだろうと考えていた。 そんな事を考えている時、客席の達也から声がかかった。 「店長、ドンペリ頂きました」 いったん翔は奥に戻ると、高級シャンパンのドン・ペリニョンと、シャンパン特有の細かい泡を楽しむための細長いフルートタイプのシャンパングラスを2つ用意し、達也の席へと運んだ。 最近では1本3万円もするドンペリもオーダーがコンスタントに入るようになっていた。それは単に、スタッフたちの努力によるものだった。

2021.10.31

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#011-1 失意その後もシャルマンは、開店初日ほどとまではいかないまでも上々の繁盛ぶりだった。翔の目論見通りシャルマンの客はギャルソンズにも還流し、ギャルソンズで一杯飲んでからシャルマンへという客の流れができていった。 翔の店長としての真価も、日が経つにつれ発揮されていった。ホストの世界では指名客を「幹」と呼び、その幹が連れて来た客の事を「枝」と呼んだ。翔は指名がなかなか取れないホストには、客の雰囲気を伺いつつ、積極的にヘルプに着かせ、「枝」を掴むチャンスを与えた。 また、ホストが客に対して粗相をする事があれば、その場で裏方に呼び注意した。閉店後などに注意しても本人は何をしたか忘れてしまっているかもしれないからだ。もしかしたら、気分だけ害して、翌日からの仕事に支障をきたすかもしれない。だから、その日のミスはその日のうちに注意した。 指摘を受けたホストは、何がいけなかったのか実感を持って知ることができたし、客に対してすぐに粗相のケアをする事ができた。 こうして大きなトラブルが起きる事もなく、順風満帆に思えた半年はあっという間に過ぎていった。 しかし、これが嵐の前の静けさだとは、この時、翔は知る由もなかった。

2021.10.31

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#010-3 飛躍翔は、この重要な付け回しを初めてとは思えないほどスムーズに行う事ができた。ギャルソンズでウェイターとして働いているうちに、同時に複数の客席に気を遣う術を身に付けていたのだ。 1度「やる」と決めた事は、どんな事でも納得するまで一生懸命にやり通す事ができる。だからこそ、それが力となり次へとつながる―翔自身、気付いていなかったが、これこそ翔が後々、成功する事ができた最大の秘訣だった。 この日、早い時間はギャルソンズの常連客が大半を占め、遅い時間は翔や達也たちのブルーナイト時代の客が中心となった。そして閉店時間の朝6時まで、この人の流れは途絶える事がなく、翔の店長初日は、この上ない好調な滑り出しを見せたのである。

2021.10.24

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#010-2 飛躍翔とは対照的に、スタッフたちは漲る気合いを返した。 「よろしくお願いします!」 翔の気負った様子が微塵も感じられない様は、大物だからか鈍感だからか。どちらにせよ、この2週間前に23歳の誕生日を迎えたばかりとは思えない、その落ち着きぶりに、スタッフたちも緊張せずに開店を迎える事ができた。 8時の開店と同時に、隣のギャルソンズで待っていた常連客たちがなだれ込み、7席あるボックス席は一瞬で満席となった。それでも、まだ入りきれない客でギャルソンズは満席だった。 翔はホストとして客席に着くこともあったが、基本的には店長兼ホール係として、ドリンクなどをテーブルに運ぶ役と、どの席にどのホストを付け、どのタイミングで交代させるかなどを判断し指示する“付け回し”に専念した。 客がつまらなそうにしていないか。会話が盛り上がっているか。もう少し席に付けてれば指名がもらえそうか。ホストに限らず水商売では、店が繁盛するためには、良いホスト・キャストが揃っているのと同じくらい付け回しは重要だった。 「修さん、3番テーブル・恭子さんの席、お願いします」 「達也さん、1番テーブルにヘルプお願いします」

2021.10.24

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#010-1 飛躍―1996年11月29日 ビルの入り口からシャルマンへと通じる階段・通路には、出入りの業者やギャルソンズの常連客、古巣のブルーナイトなどから出された開店祝いの花がズラリと並んでいた。そして、客たちは6時を過ぎた頃から姉妹店のギャルソンズに集まり、夜8時の開店を待っていた。 カウンター席やテーブル席で開店はまだかと待つ客たちは、楽しみを抑えきれない様子で、カウンターの中の悟志や恵と話をしていた。 「いよいよ今日かぁ…翔ちゃんの店長デビュー」 「翔君もだけど、悟志さんも恵ちゃんも、今日に向けて大変だったのを見てきたから、なんか俺たちまで緊張しちまってるよ」 「ここの常連だった修のヤツもホストやるってんだろ。アイツに務まるのかよ」 一方、開店を30分前に控えたシャルマンの店内では、久しぶりにホストの仕事用のスーツに身を包んだ翔の姿があった。 翔は太田や修、達也たちの前に立つと緊張した様子もなく、いつも通りの淡々とした調子で挨拶した。 「みんなのおかげでシャルマンも何とかオープンに漕ぎつける事ができました。でも、今日からが本番です。よろしくお願いします」

2021.10.24

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#009-3 人徳自分がブルーナイトに入った時のように、求人誌や折込チラシに募集広告を載せるか。だが、それには金がかかる。経済的には余裕のないオーナーにこれ以上の負担を強いる事はできない。 10月も半ばを過ぎ、開店の日は刻々と近づいていた。店の内装は着々と進んでいたが、ホストの確保は1人もできていなかった。さすがに悟志も恵も不安になった。 「翔君、大丈夫なの? 1人もホスト決まってないけど」 「知り合いとか友達に声かけてるから近いうちにはなんとか…」 確かに声はかけていた。だが、素人がいきなりホストの世界に飛び込むのは、かなり抵抗感のある事だった。 更に数日が経っても進展はなかった。いくら楽観的な翔でも、さすがに焦り始めていた。 (ここまで準備ができて、俺が1人もホストを集められなかったら…) 責任が重くのしかかって来たが、光りは一向に見えなかった。だが、開店1週間前、一気に愁眉が開いた。救ってくれたのは、ギャルソンズの常連客と、かつての同僚、そして昔からの友人、人と人との繋がりだった。

2021.10.17

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#009-2 人徳シャルマンは、その月の最後の金曜日、29日の開店を目指し、翔と悟志と恵の3人はギャルソンズの営業と平行しながら、ホストの確保と開店の準備にとりかかった。 ソファー、テーブル、冷蔵庫等が居抜きで残っており、キレイにすれば充分使えるといった状態だったので店の準備は、壁紙と床の張替え、それに照明器具の取替えだけで済んだ。 だが、問題はスタッフ、ホストの確保だった。店の広さから考ええると、翔を入れても最低7人は必要だった。ホストクラブの運営は自分が何とかするとは言ったものの、翔はどうやって人を集めたら良いのかわからなかった。 夜の世界に入ってわかった事、学んだ事はいっぱいある。その中でも“水の世界”は“人”が全てという事。クラブやキャバクラならホステスで、ホストクラブならホストで優秀な人材をそろえなければ客は来ない。客が来なければ店は潰れる。シャルマンの成功は単に、翔がいかに優秀な人材を集められるかにかかっていた。その優秀という言葉の中には、容姿はもちろんの事、性格の善し悪しも含まれていた。ブルーナイト時代、蓮とのトラブルを経験していた翔は、その点だけは痛い程わかっていた。 (どうやって人を集めればいいんだろう。ゼロから立ち上げる店を全部知らない人間で固めるのは不安だし。だからと言って、ホストの知り合いといったらブルーナイト時代の仲間しかいないけど、業界のルール・マナーとしても引き抜くわけにはいかない)

2021.10.17

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#009-1 人徳新たに開く事になった店はフランス語で“魅力的”という意味の「シャルマン」と名付けた。開店に必要な資金と店舗運営上必要な資金はオーナーの悟志が管理する事になり、翔は店を取り仕切る店長を任され、営業だけに専念する事になった。 最初、翔は男女とも楽しめるように、女性用のホストクラブと男性用のクラブを開こうとも考えたが、自身がホストクラブしか知らない以上、身の丈以上に背伸びをするのはやめ、ホストクラブの成功に全力を尽くす事にした。 シャルマンを開くにあたって、まず翔がやらなければならなかった事は、現在務めているブルーナイトへの退転の報告・挨拶だった。 「ホストクラブをやる事になったからウチの店を辞めたい?」 「ハイ。いろいろと事情があって…ギャルソンズのオーナーがやる事になったので、それを手伝う事にしました」 「場所はどこだ」 「それが…竹ノ塚です。ギャルソンズの隣の店舗が空いているので、そこで」 「じゃ、ウチのすぐ近くじゃねぇか」 「そうなります…」 「てめぇ、ウチに喧嘩売る気か」 「そういうつもりはありません。たまたまギャルソンズのオーナーから頼まれたんで…」 「まぁ、そういう事は誰にも止められねぇよな。仕方ねぇから認めるが、競合店を作る事になるんだから、当分の間、ウチの連中には黙ってくれや」 こうして翔はブルーナイトを辞めた。月は11月に変わり、季節も秋から冬に移ろうとしていた頃だった。

2021.10.17

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#008-2 感得翔が働く以前のフロア係は女性ウェイトレスだった。だから男の客が多かった。だが、翔が勤め出してからは女性客がうなぎ上りに増えていたのだ。この現象を見てオーナーの悟志は言った。 「フロア係が女だと男の客が来て、男だと女の客が来る。両方の客を拾えたら店は繁盛するんだがなぁ」 その言葉に翔の頭の中で何かが弾けた。 (ギャルソンズは正直言って、たいして繁盛(はや)っていない。オーナーが言うように、両方の客を呼び込めたら、もっと商売になる) 翔にある考えが閃いた。それを意気込んで悟志と恵に話した。 「ホストクラブをやりましょう!」 「はっ?」と2人。 「隣の倉庫代わりに使っている店舗をホストクラブにすれば、このバーとお客を共有できるじゃないですか。ホストをバーに置けば女性客は来る。それをホストクラブに誘導する。あるいは同伴やアフターでバーを使う。お客を還流させながら、両方の店を活かして売り上げを挙げるというのはどうですか?」 その説明に恵はすぐ飛びついた。

2021.10.10

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#008-1 感得ブルーナイトでのトラブルも落ち着き、ギャルソンズで働き始めてから2ヶ月が経とうとしていた10月の終わり、ギャルソンズは様変わりし始めていた。男性客に混ざって女性客が1人で来る割合が多くなっていたのだ。明らかに“翔効果”だった。女性客たちは言った。 「この店、以前に来たことあるけど、その時は客が男ばっかりで落ち着かなかったんだ。でも今は1人で来てもゆっくり飲める様になったものね」 「翔君がいるからよ。翔君が話し相手になってくれるから…」 「この店に来た友達から聞いて来たんだ。『ギャルソンズって店にイイ感じの男の子がいるよ』って。これからは友達も連れて来るね」

2021.10.10

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#007-10 確執それまでの翔は無口で、見た目も地味な大人しい目立たないホストだった。客との関係も、どちらかといえば全て“受け身”というスタイル。それが、この流言をハネ返すために、自ら積極的に客にアプローチし、いわゆる“攻め”の営業をするようになった。それが客たちにウケて、口コミで広がり、翔を指名で来る客が増えたのだった。そして気がつけば、翔はブルーナイトのナンバーワンになっていた― 一方、翔を嵌めようとした蓮は、その浅慮が客に見透かされ、そのさもしい心が露見されて、客足は次第に遠ざかっていった。翌9月の売り上げでランキングから落ちると、プライドの高さも手伝って、自らブルーナイトを去っていった。 この事で翔は学んだ。他人の非や弱点を論(あげつら)って足を引っ張る、蹴落とそうとするのは愚かな事だ。そんな事をするより、自分の力をつける事だ。自分に実力があれば、周りが何をしても揺らぐ事はないのだという事を―

2021.10.05

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#007-9 確執ホストクラブに来る女性たちは、ホストに恋愛感情を抱いている事が多い。本物であろうと仮想であろうと。そういう関係で成り立っている世界なのだから、お目当てのホストに彼女ができて、店に来るのが遅くなっていると聞かされる事は不快だし、ショックなのだ。足が遠退くのは当然のことだった。 「理由は訳があって言えませんが、そんな浮ついた気持ちでこの仕事をしている訳ではありません」 翔は言い訳も、自己弁護も一切せず、これまで以上に真摯に、そして積極的に客と接する事に務めた。結果、誤解は次第に解けていった。それどころか、それまで以上の成果が出始めたのだ。

2021.10.05

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#007-8 確執「俺は今まで通り、自分にできる事を全力でやるだけ。蓮さんが裏でどんな事をしていても、そんなものに揺るがされない関係をお客さんと作ればいいだけの事だから。今回の美香さんの件は、それだけの関係しか築けなかった俺のミスです」 力の違いを結果で見せる―。翔の口から紡がれた言葉に達也は、翔の内に秘めた芯の強さを感じ、それ以上、返す言葉がなかった。 この逆境が翔にとっては刺激となった。それからの翔は2足のわらじを履きながらも、客とのコミュニケーションを、これまで以上に取るようにと務めた。ブルーナイトにいる時間が少ない分、自分から積極的に客と連絡を取りプライベートの時間にも会うようになったのだ。 そして、店から足が遠退いていた自分の客と会っていく中で、達也が言ったように、蓮が裏で虚言を流しまくっていた事が明らかになっていった。 「翔君があんまりお店にいないのは、彼女ができたからじゃなかったの?」

2021.10.05

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#007-7 確執確かに翔はギャルソンズで働き始める際、ブルーナイトの店長から、その事を客には言わない事を約束させられていた。翔に会いたい客がそっちに流れる事を恐れたからだ。しかし、その事を逆手に取って足を引っ張る者が出て来る事は予想だにしていなかった。 「でも、何で蓮さんが…」 「あの人、プライドが高(たけ)ぇだろ、ホスト一筋だし。それなのに新参者の翔にランキングで抜かれたから、その腹いせなんじゃねぇか」 蓮はブルーナイトの中でも古株で、ホストたちの仲でも幅を利かせている存在だった。蓮が翔の客に虚言(ウソ)を流している事を誰も翔に伝えなかったのも、蓮を敵に回したくなかったからだった。 「どうすんだよ。このまま放っとく訳にいかねぇだろ。なんなら俺、力になるぜ。俺も蓮の野郎は気に喰わねぇと思っていたからよ」 翔は、しばし考えると、心配してくれるこの友人に、ひと言だけ返した。 「いいよ。このままで」 「ハァ!?このままって…お前、尻尾巻いて逃げんのかよ」 当然、達也は納得できなかった。しかし、翔は怒りを見せる素振りもなく淡々と力強く言葉を続けた。

2021.09.26

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#007-6 確執2人は近くのファミリーレストランに入った。 「話したい事って何ですか?」 出されたコーヒーが半分くらいなくなった頃、翔は切り出した。すると達也は真剣な顔になって、 「蓮さんがお前の客にちょっかい出してるって知ってる?」 「ちょっかいというか…美香さんが蓮さんと同伴したのは実際に見たから知っているけど、でもあれは俺が仕事を掛け持ちしてるせいで不満を持った美香さんを蓮さんがフォローしてくれた訳だし」 「バァカ! そんな訳ねぇだろうが。お前はどこまでお人好しなんだよ。蓮さんは、お前がバーで働いている間にブルーナイトに来たお前の客に片っ端からアプローチしてんだよ」 「まさか…」 「大体、お前の客はお前がバーで仕事してんのは知らねぇだろが。それなのにどうして、お前に不満持つんだよ。蓮さんのヘルプに付いたヤツが言ってたけど、お前が最近0時まで来ねぇのは女ができたからだって客に言ってるらしいぜ。他の席でも同じ事を言ってるはずだ。蓮さんに指名替えしないまでも、最近、翔の客が店に来なくなったのは、絶対そのせいだって」 「…」

2021.09.26

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#007-5 確執アパートに戻った翔は布団の上に寝転んだまま考えた。 ―片手間にホストをやっているヤツに… 自分にできる事は何でもしてみたい。でもそれが周囲には片手間にやっているように見えていた。だからホストを一生懸命やっている蓮の怒りを買ってしまった。美香もきっと自分がギャルソンズでバイトしている事を不満に思っていたのだろう。だから蓮に指名替えしたんだ。そう思う事にした。いや、そう思って諦めるしかなかった。 だが、この事件はそんな浅いものではなかった。 その日、翔はいつもより早く草加のアパートを出て店に向かった。理由は別にない。早く目が覚めたから。 草加の駅に向かって歩いていると「翔!」と呼び止められた。振り向くとブルーナイトの先輩で同じ草加に住んでいる達也の姿があった。 「早いな。もう出勤か」 「なんだか眠れなくて…早く起きちゃったから店に行こうかと思って」 「そうか…じゃ、ちょっと茶でも飲まねぇか。話してぇ事あっからさ」 達也は先輩といっても20代前半で翔と歳は変わらなかった。30歳前後が多いブルーナイトの中では若手という事で仲が良かった

2021.09.26

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#007-4 確執蓮さん、ちょっといいですか」 翔は蓮に文句を言うつもりはなかった。ただ、自分が美香に、そして蓮に何か失礼・非礼な事をしてしまったのではないかという事を確かめたかった。しかし、そんな翔の気持ちなど微塵も興味のなかった蓮は振り返ると、まるで喧嘩腰で言葉を返してきた。 「何だよ。客を取られた腹いせか」 「そ、そんなつもりは…」 「ホスト業界は永久指名がルールだが、ウチの店は永久指名制じゃねぇんだ。なんの問題もねぇよな。テメェみてぇに片手間にホストやっているヤツに美香は愛想を尽かして、俺を指名したんだよ。店長も店の客を減らさなくて済んだと喜んでくれているよ。あのまま放っといたら美香は他のホストクラブに行っていたからな」 鋭く尖った言葉を一方的にぶつけると、蓮はその場を去って行った。 「…」 翔は呆然として、しばらくその場から動けなかった―

2021.09.26

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#007-3 確執しかし、翔には蓮の視線の理由が分からなかった。先輩ホストである蓮とは、特に仲が良い訳ではなかったが、険悪な関係でもなかった。更衣室で会えば、挨拶も交わしていた。客を取られたということ以上に、蓮のその敵意を顕わにした視線にショックを覚えた。 この締め日だけはギャルソンズに休みをもらい閉店まで働いたが、翔の指名客は2組しか来なかった。通常の締め日であれば10組近い客が来てくれるというのに。翔にとっては惨憺(さんたん)たる数字だった。 閉店後、翔は蓮が店を出るのを見計らい話しかけた

2021.09.19

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#007-2 確執この日は締め日で、ホストたちは成績を伸ばすためにそれぞれの太客に声をかけ、店内は早い時間から満席状態となっていた。しかし、その中に翔の指名客の姿はなかった。 (俺、お客さんを怒らせる事したかな…) 理由(わけ)も分からず激減した客足に、楽観的だった翔もさすがに不安を抱き始めた。そんな時、蓮が女性同伴で店に姿を現した。 「えっ」 蓮が同伴で連れて来た客を見て翔は固まった。 「美香さん…」 翔の指名客の美香だった。ヘルプ席に着いていたが思わず立ち上がった。美香も翔に気付き、一瞬、気まずそうな表情をし、視線を反らせた。そして、蓮にエスコートされて席に着いてからは、1度たりと翔を見る事はなかった。 (美香さんが蓮さんと同伴、どういう事だ) 翔は周囲から向けられる視線も気にならないほど混乱したまま立ち尽くしていた。そんな翔に蓮は嘲笑う様な挑発的な視線を送っていた。

2021.09.19

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#007-1 確執ある日、翔はいつも通りブルーナイトに出勤した。そして、いつものように客が来るのを待っていた。客に無理をさせるのは嫌なので、よほどの事がない限り営業電話はしなかった。それでも翔会いたさに来る客は多かった。 ところがこの日、翔の指名客は誰1人として来る事はなかった。 翔は焦る事も気にする事もなかったが、そんな翔をホクソ笑んで見つめているホストがいた。翔と同じく売り上げランキングの上位に名を連ねる蓮(れん)だった。 その後も3日間、翔を指名して訪れる客の姿はなかった。さすがにこの頃になると翔も焦り出した。 (どうしたんだ。1人も来ないなんて…こんなこと初めてだ。一体どうしたんだろう…) ―そして9月最後の日にその事件は起こった

2021.09.19

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#006-4 兼業翔は接客業の本質、奥の深さをこの時期に学んだと言っていいだろう。その翔を見て、オーナーの悟志は娘の恵にこう言った。 「恵、お前が連れて来た翔君はホントに良く働いてくれるな。ホストの仕事と掛け持ちだというのに手を抜こうとしない。仕事を憶えようと努力するし、自分なりの工夫もある。簡単そうに見えるけど誰にでもできることじゃないぞ」 翔と話すのが目的で来る客も多く、ギャルソンズは以前よりも賑わうようにになった。そんな充実した毎日を過ごす翔だったが、落とし穴が待ち受けている事に気付いてはいなかった―。

2021.09.05

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#006-3 兼業これまではホストとして、相手と1対1で接してきたが、ギャルソンズでの“1対多”という環境に慣れるまでは大変だった。 オーダーした席とメニューを憶えるのは当然の事だが、飲み物・食べ物を用意しているカウンター内の状況を把握、空いたテーブルを片付けるタイミング、客への心配りなど。1人で複数を相手にするからこそ、同時に多くの事に対する気配りをするという習性が身に付いた。 狭い店内だけに、客が1人で来た場合には話し相手もしなければならず、必然的に、その客の顔と名前はもちろん、仕事内容から家族構成、果ては酒の好みまで憶える必要に迫られた。しかし、そこまで会話ができる様になると、客との関係も親密になり、その来店の頻度も高くなっていた。

2021.09.05

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#006-2 兼業そんな悟志の想いとは別に、ギャルソンズは地元のよくあるスナックの1つになっていた。紳士・淑女が流れるJAZZ(ジャズ)に耳を傾けてカクテルを飲むというよりは、工事現場で働く人達が仕事帰りに仕事着のまま立ち寄っては、ビールや焼酎を飲み、カラオケで演歌を唄う。 しかも、父の悟志は体調を崩し、店には出たり出なかったり。そのため、娘の恵が父の代わりにバーテンダーとして店に出ていた。 「お兄さん、俺のビールまだぁ」 「おい、早くオーダー取れや」 「翔君、このおつまみ1番テーブルにね」 たった13席だが、週末など全ての席が埋まった時は怒涛の忙しさだった。翔は酒やおつまみを運び、テーブルを片付けるというフロア係の仕事を精一杯務めた。

2021.09.05

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#006-1 兼業"ギャルソンズは竹ノ塚駅から徒歩で10分程の距離にあり、3階建ての雑居ビルの2階で営業していた。1階には韓国料理店とキャバクラ、3階はワンルームの賃貸住宅が4世帯あり、社会人や学生が住んでいた。2階のギャルソンズの隣には営業されていないスナック跡があり、恵の店はそこを倉庫代わりに借りて使っていた。 ギャルソンズの店内は10坪程で、カウンター席が5つと4人掛けのテーブル席が2つの小さな店だった。 恵の父・悟志は若い頃はカクテル大会で賞を獲得した経験を持つバーテンダーだった。その実績を背景に30歳の時に地元・竹ノ塚に戻って、この店を開いたのだ。「竹ノ塚にも本格的なBARを」という熱い情熱で。

2021.09.05

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#005-4 哲学恵は2ヶ月程前、ブルーナイトに1人でやって来くると、たまたま着いた翔を気に入り、以来、ギャルソンズが定休日の水曜日に週1回のペースで店を訪れ、翔を指名していた。そしてその日も、いつも通り恵は1人でやって来た。しかし、その表情は沈んでいた。 「どうしたの恵さん。浮かない顔しているけど」 「フロアのバイトの子が辞めちゃったのよ。私1人でバーテンとフロアやっているから、もうてんてこ舞いなの」 「カウンターとフロアを1人でやるんじゃ大変だね。次のバイトは、いつ入るの?」 「それが…ウチ、今、苦しくてさ」 「だったら、時給は安くていいから僕がバイトするよ。恵さんの店、良い店だから、やり方を考えれば絶対、繁盛するよ」 「そ、そんなぁ…翔君、ここのメインホストの1人じゃない」 「店は遅番にしてもらうよ。今は8時から翌朝6時までのフルタイムだけど、それを0時からにしてもらうよ」 「そんなことできるの?」 「成績上位の人は皆、そうしているよ。ホストクラブに来る客って飲食業や水商売、風俗の女性が多いから、仕事を終えてからだと真夜中0時過ぎっていうのがほとんどなんだ。僕のお客もそういう人が多いし、先月も上位の成績だったから、それくらいのワガママは聞いてくれると思う」 「じゃ、甘えさせてもらうわ…」 利害ではなく、困っているなら少しでも手助けをしたいという翔ならではの申し出だった。早速、翌週から「ギャルソンズ」のウェイターと「ブルーナイト」のホストという2足のわらじを履く事になった。

2021.08.29

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#005-3 哲学その弱点を補い助けたのは、翔の〝素直さ〟だった。他のホストは、よほどの太客(ふときゃく)でない限り、同伴やアフターの場合を除いては、店外で客と会おうとはしなかった。しかし、翔は指名客に限らず、どんな客でも連絡があればプライベートの時間でも飛んで行き、運転手をしたり、買物に付き合ったりした。 そこには仕事という意識はなく、人と接する事を欲してホストになった翔の素直な気持ちがあった。そして、翔がプライベートの時間を一緒した客たちは、意図せず、翔の指名客として通うようになっていった。 目先の金を追わなかった代わりに、翔は自分のした事の結果を手に入れる事ができたのだ。 人と人との出会いを大切にする― この地球上に60億人以上の人間がいる。その中から、その日、60億分の1という奇跡的な確立で偶然知り合うことのできた客との出会いが翔にとっては素直に嬉しかった。

2021.08.29

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#005-2 哲学ホストは売り上げのために酒を飲ませるのが基本だが、中には自分と同じく酒が弱い客がいる。そんな客にウケるホストになろうと考えた。酒でなくとも、その分、ソフトドリンクを飲めば一緒だ。酒が飲めない自分を逆手に取った発想だった。 そう考えたのには自分が酒を飲めないからというのとは別の理由もあった。 ホストの中には売り上げのために、半ば無理やり酒を飲ませ、記憶が曖昧になっている間に高価な酒を入れさせるという悪質な者もいた。一時的には売り上げは立つかもしれないが、長続きはしない。あくまでも楽しく飲んでもらい、遊んでもらい、それに見合った対価・お金をいただく。それが正しい接客業のあり方だと思った。 自分のした仕事に見合った額。自分の身の丈に合う額でなければ、金に翻弄されてしまう。そう考えたからこそ、酒の飲めない客の気持ちを誰よりも理解できるホストになろうと思った。 しかし、いくら相手の気持ちに立つ事ができても、一緒にいたいと思わせなければ仕事にならない。翔は口下手だ。会話で客を盛り上げる事はヘタだったし苦手だった。

2021.08.22

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#005-1 哲学こうして始まった翔のホスト稼業だったが、その華やかさとは裏腹に仕事は過酷だった。 翔の勤める「ブルーナイト」は、店を開く〝口開け〟が夜8時、閉店は朝6時だったが、なかなか帰ろうとしないお客たちが帰り、後片付けを済ませて家に着く頃には、お昼を回っている事が多かった。 昼1時に寝て夕方5時には起きる。新人で指名客のいない翔は、開店2時間前の夕方6時には出勤し、床磨きやテーブル拭き、トイレ掃除、おしぼりの準備まで、売り上げの低い先輩ホストたちと3人でこなしていた。 そんな過酷な生活でも翔に不満はなかった。これまでと勝手が違うのは当然のことだし、そもそも自分が決めて入った世界だ。これが当たり前の生活なのだと現実に順応させていった。 入店から1ヶ月が過ぎた頃には、基本的な仕事の流れと夜型の生活にも慣れ、3ヶ月が過ぎる頃には、周りのホストの良い所を取り入れながら「輝咲翔」というホスト像を築き上げていった。

2021.08.22

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#004-3 下積み翔はまず自分を磨こうと思った。横に着いたホストが、街中で見かける男と大差ないのであれば、金を払って来店するお客に失礼だし、夢を与える事はできない。最初に着いた女性客が言った身なり格好もそうだし、そういう表面だけでないお客への気遣いも大切にしようと思った。お客が素敵と思える男になろう。そう考えた翔は早速、行動に移した。 それまで運送会社で貯めた金でスーツを数着新調し、エステに通い、ボクシングジムにも通い始めた。口下手な自分を自覚していたので、外見から変え始めたのだ。もちろん、接客の合間に他のホストたちの会話に耳を傾け、自分の会話(トーク)の肥やしにした―。

2021.08.22

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#004-2 下積み野球は9回裏・最後の最後まで試合の結果はわからない。例え、エラーをしても繰り返さなければ勝てる。負けなければエラーも失敗じゃない。何度、失敗しても諦めなければ失敗じゃない。そんな芯の強さが翔を支えていた。 とはいえ、諦める事はなくても、新人である翔がいきなり仕事をこなせるはずもなく、苦労と努力は続いた。 1週間が過ぎた頃、翔は日々の仕事の中で気付いた事から、ホストとしてやっていくために必要な事が見え始めていた。 女性客は、自分の母親と同年代くらいだが、指名するホストの前では〝女の子〟となって甘える。そんな現実から離れられる場所がホストクラブなのだということ。そしてホストというのは、店という舞台で客の望む役を演じる役者になればいいということを。

2021.08.22

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#004-1 下積み(ホストって難しいな。会話だけに集中してもダメ。煙草に火をつけたり、空いたグラスに水割りを作るタイミングだけに集中してもダメ。酒も飲まなくちゃダメ。もう少し上手くできると思っていたのに、これまでの自分が全否定されているみたいだ) これがホスト初日を終えた翔の感想だった。しかし、辛らつな言葉を浴びせた女性客に思いが及んだ時、翔の口をついた言葉は恨みや文句ではなく、「最初にあの席に着けて良かった」だった。 翔の粗(あら)を探すように文句を言ってきた女性客だったが、それだけ自分を見てくれていたんだと思った。そして、自分の至らない点や欠点を指摘してくれた。もし昨日、あの女性客の席に着いてなかったら、自分はこれから先も他のお客様に不快な思いをさせていたかもしれない。だから翔は、それを指摘してくれた女性客に感謝したのだ。 自分の足りなさや無力さを痛感した時、大抵の人はダメだった時のための逃げ道や、自分を正当化させるための言い訳を用意する。 だが翔は、その朴訥とした雰囲気とは裏腹に、一度「やる」と決めた事は納得するまでやり遂げないと気が済まない性格だった。たとえ途中で失敗しても、それは最後までやり遂げるために必要な事だという考えだが、それは幼い頃から続けてきた野球によって培われたものだった。

2021.08.16

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#003-6 ホスト「ねぇ。新しいボトル入れるから、この新人に儀式やらせなさいよ」 先輩ホストも陰険な笑いを浮かべて応じる。そして、ブランデーの新しいボトルが来ると、氷を入れるアイスペールにドボドボと注いだ。 「オイ、新入り! これを一気飲みしろ」 「!」 アイスペールになみなみと注がれたブランデーを一気に飲めと言う。 「これがホストの新人歓迎の儀式だ。さあ飲めよ」 「ヘルプの仕事はね、先輩ホストの売り上げに貢献することなの。ひたすら酒を飲んで、客に新しいボトルを入れてもらう。それが第一歩なのよ。さあ、飲みなさい」 「…」 酒の飲めない翔にとって、とてつもない試練だった。だが、酒が当然の世界に飛び込んだ以上、逃げる訳にはいかない。意を決してアイスペールをつかんで立ち上がり、一気に飲み始めた。口元から液体がこぼれ落ちる。息が苦しくて顔が歪む。それでも飲んだ。飲んだ。そして飲み干した。 「プハーッ」 飲み終えて女性客と先輩ホストを仁王立ちで見下ろした。2人は唖然としていた。 「これでいいですか」 「あ、ああ…合格だ」 その後も翔は先輩ホストの席でヘルプに着き、飲まされ続けた。そして深夜0時を過ぎた頃、体力と気力は限界に達した。翔の視界はグニャグニャに歪み、足元はフラフラ。とてつもない吐き気に襲われ、何とかトイレまでたどり着くと、便器の中に顔を突っ込んで激しく吐いた。そこで力尽き、そのまま記憶を失った。 こうして、翔のホスト1日目は終えた―

2021.08.16

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#003-5 ホスト翔は突然、降って湧いた状況に戸惑い、呆然と言葉を失(な)くしていた。殴られた顔面には青アザができていた。高校時代、野球部で殴られた記憶が蘇った。そして、このことによって分かった。ホストの世界というのは、表面的には茶髪の兄ちゃんたちがチャラチャラしているようだが、実態は体育会系の縦割り社会なのだということが。 店内には煙草の紫煙(しえん)の香りと酒の匂いが充満している。それが翔にとっては耐え難く辛かった。なぜなら、翔は生まれて此(こ)の方、酒も煙草もやったことがなかったからだ。やらなかった理由はこれといってない。煙草は匂いが好きになれず、酒は体質的に合わないから。高校の時に1度、友達と酒を飲んだが、激しい目眩と吐き気がした。酒は自分に合わないと分かり、以後、一滴も口にすることはなかった。 嫌いなモノ、自分に合わないモノ、興味が無いモノには一切手を出さない。翔はそういう人間だった。しかし、ここは酒と紫煙が蔓延する世界。翔のそのスタイルが通用するはずもない。戸惑う翔に更に追い討ちをかける難題が課せられる。

2021.08.16

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#003-4 ホスト愛想の良い方ではない翔だったが、精一杯の愛想笑いを作って挨拶した。そして、指名ホストと女性客が座るソファーからテーブルを挟んで反対側にある“ヘルプ席”と呼ばれるスツールに腰を下ろした。 ファンデーションを厚く重ね、目の覚めるような真っ赤な口紅(ルージュ)を塗った40代の女性客はジッと翔を見つめた。すでに酒のせいで虚ろになった目で。 「アンタ、今日が初めてなんだってね」 「ハ、ハイ…」蚊の鳴くような声で返した。 「この仕事の前は何していたの?」 「トラックの運転手をしていました。最初は2tトラックで、その次に4t…」 女性客は煙草を箱から1本抜き、口に運んだ。翔はなおも喋り続ける。 「2tの時は一斗缶を専門に運んでいたんですけど…」 すると女性客が 「ちょっとアンタぁ!」 翔の話を強い口調で遮った。 「?」 何を怒鳴られたか分からず、翔はキョトンとした顔で女性客を見つめた。 「バカ野郎! 火だろうが!」 指名ホストはいきなり立ち上がり翔を殴りつけた。衝撃が走ったと思った瞬間、翔の体は吹っ飛び床に転がっていた。 「すみません。コイツ、今日が初めてなんで」 詫びながらライターで女性客の煙草に火を点けた。 「ありがとう。やっぱり京介クンは気が利くわね。それに引きかえアンタ、全然ダメね。喋りも面白くないし、煙草の火もロクに点けられないなんて。この仕事に向いてないんじゃないの」 酒が入り、すっかり酔った様子の女性客は、歯に衣着せぬ勢いで絡む様に翔に文句を言った。 「だいたい、そのカッコからして気に入らなかったのよね。サラリーマンじゃあるまいし。もっとホストらしい着こなしができないの。眉も全然手入れされてないし。せっかくのお酒がマズくなるわ」 「…」

2021.08.16

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#003-3 ホスト「おはようございます。今日から入店した翔君です」 翔を紹介する店長が「輝咲」という苗字を言わなかったのは、当時のホストの世界では源氏名は名前だけというのが一般的だったからだ。翔は偽らざる自分で勝負しようと、源氏名を決める時、本名をそのまま使うことにした。 店長は40代後半で“紳士”という言葉がしっくりくる男性だった。その外見によく似合う低く落ち着いた声で翔の簡単な紹介をすると、翔に視線を送り、うながすように頷いた。翔は立ち上がると深くお辞儀して言った。 「今日からお世話になります翔です。よろしくお願いします」 先輩ホストたちは声を掛けることもなく、皆、無関心といった様子で押し黙っていた。翔は予想外の冷ややかな反応に戸惑ったが、店長はそれがいつものことであるかのように、事務的にミーティングを進めた。 翔のホストクラブデビューとなるこの日は、ホワイトデーということもあり、開店と同時に何組もの女性客が、指名するホストとの甘いひと時を過そうと次々にやって来た。 初めて目の当たりにする夜の世界は、華やかで艶やかだった。汗と埃にまみれて働く職場しか知らなかった翔にとって、それは全くの別世界だった。 (これがホストクラブかぁ。テレビを見ているみたいだな) 翔は初めて見る光景に興奮し、子供のように瞳を輝かせて見入っていた。 「オイ新人! ボケッとすんじゃねぇ! 3番テーブルにヘルプにつけ!」 「ハ、ハイ!」 フロアマネージャーに頭を小突かれて、戦場へ駆り出されて行った。 「は、初めまして。翔です」

2021.07.24

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#003-2 ホスト訪れた客はグランドピアノから奏でられる生演奏の甘美なメロディーに合わせて、お気に入りの指名ホストと語らい、時にはワルツやジルバといった社交ダンスを踊る。その雰囲気は “地元のマダムが集う社交場”という表現がピッタリだった。 夜7時半、開店30分前に出勤した翔は、開店前のミーティングに臨んだ。同伴出勤する者を除いた20人近いホストたちは客席に座り、フロアに立つ店長の話に耳を傾けた。翔は客席の中でも最も店長に近い位置にある末席に座らせられた。そして思った。 (これから俺のホストとしての人生が始まるのか。不安はいっぱいあるけど、これまでも何とかなってきたんだ。ホストだって何とかなるだろう…) 翔はホストという職業について「女性客の酒の相手をする」程度の知識しかなかった。具体的な仕事内容もまったく知らないまま、この世界に飛び込んだのだ。しかし、強い好奇心と持ち前の楽天的な性格から、不思議と未知の仕事に対する不安はなかった。

2021.07.24

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#003-1 ホスト1996年3月14日 「ネクタイなんて久しぶりだな。富士井電機の入社式以来4年ぶりか」 初出勤となるこの日、翔は久しぶりに袖を通すスーツの感触に適度な緊張感を感じ、気持ちが引き締まった。 「ホストって、どんな髪形にしたらいいんだろ…」 そう呟きながら鏡の前に立つと、耳に触れるくらいまで伸びた髪の毛にヘアーワックスをつけ、無造作に手櫛(てぐし)をいれながら髪型をセットした。出勤の1時間前には準備が完了していたが、手持ち無沙汰で落ち着かなく、結局、時間になるまでに5回もセットし直した。 翔が扉を叩いたホストクラブ「ブルーナイト」は、私鉄東武日光線の沿線にあり、都心へ通う通勤者のベッドタウンとして拓(ひら)けた町だ。ちなみに、翔の生まれ育った草加市も、その東武線上にあった。 店のある竹ノ塚は割に大きな町で、繁華街もそれなりに賑わっていた。キャバクラやホストクラブもかなりの数がある。翔が勤めることになった「ブルーナイト」は、竹ノ塚でも5指に入る老舗のホストクラブだった。赤を基調としたシックな店内には厚手の絨毯が敷かれ、天井からは豪華なシャンデリアが吊るされていた。

2021.07.24

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#002-9 野球翔は1年半勤めた運送会社を辞めて、広告に載っていたホストクラブ「ブルーナイト」に面接に行くことにした。酒が飲めず、ホストの世界がどういうものなのか、予備知識や情報がまったくないというのに。 現在(いま)よりも、ホストという職業が閉塞的だった時代だった。両親からは水商売の世界に行くことに猛反対された。申し訳ないと思いつつも、まだ見ぬ世界への好奇心が勝っていたのだ。面接し、採用が決まるとともに、これ以上面倒をかけたくないという実家と同じ草加市にある6畳ひと間のアパートで1人暮らしを始めた。こうして翔は完全にひとり立ちした。 後に“キャバクラの若き帝王”と呼ばれる輝咲翔のサクセスストーリーは、この時から始まる。 輝咲翔22歳を迎えたばかりの冬のことだった―。

2021.07.24

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#002-8 野球この数ヶ月間、翔の心の奥で疼いていたのは、このことだった。このままトラックの運転席でハンドルを握る人生でいいのか…。 『俺はまだ若い。もっと色んな人と知り合い、触れ合って世界を広めたい』 『もっと自分に合った仕事、自分が熱くなれる世界があるんじゃないか』 『金よりやり甲斐のほうが大切だ』 トレーラーの運転手をやろうか、ホストをしようか迷ったが、トレーラーは免許があるので、いつでも乗れるし、稼げる。人と知り合い、触れ合える仕事をしよう、それには接客業だ――短絡的だが、そう思った。早速買った求人誌には、様々な職業が載っていた。その中で翔の目に止まったのは『ホスト募集』の文言だった。

2021.07.04

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#002-7 野球トラック運転手としてステップアップするに合わせて給料も上がり、20歳(ハタチ)の時、木屑を運ぶチップ車と呼ばれる大型トラックを運転する翔の給料は50万円を超えていた。この頃、翔は金銭的にも満たされ、仕事の中に責任とやり甲斐を見出すこともできていた。しかし同時に、何か物足りないもどかしさが―焦りにも似た疼(うず)きが胸の奥に巣食い始めているのを感じていた。 それが何なのかに気付いたのは、チップ車に乗るようになり1年が過ぎた頃だった。その日、翔は荷積みして京葉道路を走っていたところ、無線を通じて男の声が入ってきた。トラック運転手の間では、長距離運転の退屈しのぎや眠気覚ましのために、無線を使って見知らぬ物同士が会話をするという業界特有のコミュニケーションがある。 翔はいつも通り、その会話に付き合っていた。だがその時、ふいに気付いた。自分の生活の中で、直接、顔と顔を向き合わせて会話をすることがいかに少ないかということを。こうして無線を通じて顔も知らない人と話している時間がなんと長いことか。 業界に馴染めば馴染むほど、その度合いは高まり、誰とも顔を合わさず、無線だけの会話で1日が終わることもある。この仕事をずっと続けたら人と知り合う、触れ合う機会はどんどん減っていくだろう。それでいいのか…人と知り合わなければ、世界がどんどん狭くなる…それでいいのか。

2021.07.04

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#002-6 野球富士井電機を半年で辞めた翔は、幼なじみの大平の父親が経営する運送会社でトラックの運転手として働き始めた。 野球ができる機会は地元の草野球で月2回程度に減ってしまったが、それまで工場の中に籠(こ)もって仕事をしていた翔にとって、見知らぬ土地に行けるトラック運転手という仕事は新鮮だった。給料も格段に良くなったし、何よりも高い位置にある運転席からの視界は気分が良かった。 最初は普通免許でも運転できる2tトラックで東京近郊に一斗缶を運んでいたが、次第にもっと大きなトラックを運転したくなった。入社から半年経つ頃には、大平社長に他の運送会社を紹介してもらい、そこで4tトラックを運転するようになった。 それを運転しているうちに、さらに大きなトラックを運転したくなり、大型とけん引、大型特殊と3つの免許を取ると1年後、またも紹介してもらった別の会社へ移った。

2021.07.04

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#002-5 野球だが、翔は文句を言うことはなかった。他にしたいことがない以上、この仕事をするしかないと思っていた。そして「どうせやるならキッチリした仕事をしなければ」と自分に言い聞かせていた。 そんな生活が半年続いたある日、翔はあることに気付いた。それは自分と同じようにベルトコンベアーに向かっている作業員たちが、自分の両親と変わらない歳の人たちばかりだということと、パートのおばちゃんでもできる仕事だということを。 その瞬間、翔の脳裏に、その歳になった自分が今と同じ場所で同じ様に青いつなぎの作業着を着て働いている姿が浮かび、愕然とした。誰にでもできる仕事を今やらなくてもいいのではないか。そして、自分もあの歳になるまで、こうして毎日を過すのかと思った途端、感じたことのない将来への不安が心の中に広がった。

2021.07.04

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#002-4 野球卒業を控え、自分の行く先が見つからなかった翔は、高校の就職課の勧めに従い、流されるままに電子部品メーカー「富士井電機」の日野工場に就職することにした。選んだ理由はただ1つ、実業団野球があったから。先は見えずとも、野球が好きだという気持ちだけは萎(な)えなかったのだ。 こうして翔の社会人生活は週2回、午後6時から8時までの野球を中心に始まった。実業団野球の大会では、東京ドームのピッチャーマウンドを踏んで感激した。自分が憧れた幾多の名選手たちが立った場所に自分も立っている、と。 しかし、充実する野球生活とは裏腹に、工場での仕事は変化のない単調なものだった。朝9時から夕方5時までベルトコンベアーに乗って流れてくる部品を、ただ黙々と組み立てるだけ。それに加えての薄給。

2021.06.15

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#002-3 野球学生時代の、とりわけ高校時代の翔は、お世辞にも教師に気に入られる様な生徒ではなかった。とにかく勉強嫌いで、教壇で話す教師の声は子守唄以外の何物でもなかった。当然、成績は学年でも下から数えた方が圧倒的に早かった。 カンニングが見つかり停学処分も受けた。学校で禁止されているアルバイトも隠れてやった。パチンコ店の店員だ。それを偶然、パチンコをしに来た担任教師に見つかり、またも停学。学校に届けを出さずにバイクの免許を取ったのがバレて、またまた停学…。 悪(ワル)の不良という訳ではなかったが、間違いなく優等生ではなかった。しかし、早退することはあっても遅刻することはなかった。遅刻するということは、なんだかだらしないことの様に思えたからだ。小・中・高と12年間、遅刻したことがないというのが密かな自慢だった。 翔がそんな信念を持っていることなど周囲の誰一人として知らなかったが、とにかく、学生時代の翔は熱く吼えるようなことは絶対になく、無口で口下手なごく普通の生徒だった。

2021.06.15

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#002-2 野球酷い時にはセンターからライトまでの数十メートルの間、ビンタを受け続けたこともあった。そうして耐えて努力し続けたが、レギュラーにはなれなかった。人生最初の挫折といっていい。 ほとんどの人間が経験する最初の現実― ヒーローになれると思っていたのになれない自分がいる。その現実を受け入れ、一歩、大人に近づかなければならない悲しい瞬間。 しかし、翔はその現実を素直に認め、受け止めた。だが、この少年が少し違っていたのは、そこで終らなかったことだ。野球ではヒーローになれなくても、自分には違う可能性があると信じた。 とはいえ、この時点では何も見えていなかった。野球という人生の目標が消えた今、これから自分が何を目指したらいいのか分からない。具体的な道は見えていなかった。

2021.06.15

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#002-1 野球輝咲翔は1973年11月15日、埼玉県草加市に公務員の父、専業主婦の母、3人の兄という、ごく普通の家庭に生まれた。 兄たちとは9歳、5歳、3歳と年が離れていたことから喧嘩することも少なく、両親からも可愛がられて育った。そのため性格的には和やかな、オットリした人間が形成された。 翔が青春時代、最も打ち込んだのは野球― 次男がやっていたことから影響を受けて物心つく頃から始めた。かなりの素質はあったようだ。リトルリーグで不動のエースで4番。高校は埼玉県下で強豪校といわれる川口中央工業へ野球で入った。将来はプロ野球へという夢を抱いて…。 だが、ほとんどの人間の前に立ち塞がる〝青春の壁〟は、少年・翔の前にも立ちはだかった。地元では不動のエースで4番だったが、県内の優秀選手が集まる強豪校ではレギュラーにもなれなかった。 それでも翔は卒業するまでの間、片道40分の高校までの距離を自転車で通いながら、諦めることなく全力で野球に取り組んだ。帰宅後のランニングは毎日怠らなかったし、一年生の頃には体育会系特有の先輩からの体罰にも耐えた。

2021.06.15

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#001-4 総帥「大連って、中国の大連ですか?」 「うん」 「な、何でまたそんな…」 「この間、中国でビジネスを展開している人に誘われて大連に行ったんだけど、日本人もすごく多いんだ。そこで、この街で日本スタイルのキャバクラやったら繁盛ると思う。成功するかどうか分かんないけど、やってみたいんだ」 「外国で、ましてや中国というリスクの高い国に店を出すなんて…」 一同はあ然と青年の言葉を聞いていた。そして思った。 (またいつもの病気が出たな…) 更に一同は思った。 (一度言い出したら聞かない人だからな…) 幹部会はこの青年の提案を了承・可決した。 そして半年後、青年の言葉は現実のものとなり「K大連」はオープンし、大盛況を迎えたのである。 この大業を成し遂げた青年こそ、30代にしてナイトビジネスからアパレル、旅行代理店、自動車販売業、IT関連ビジネスまで手掛ける、 「KIZAKIグループ」総帥・輝咲翔である。 だが、今でこそ、500人のスタッフを誇る企業の頂点に立つ翔だが、10年ほど前は町工場で働く、ごく普通の青年だった。

2021.05.23

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#001-3 総帥広さ20坪程の部屋では会議が行われ、青年はその上座にいた。 日焼けした褐色の肌に耳まで隠れる茶髪。11月には30歳を迎えるという年齢の割には童顔に見える純朴そうな顔。一見すると、どこにでもいる“イマドキの兄ちゃん”風で、無邪気さを秘めた子供の様な瞳が印象的だ。 会議は青年がオーナーを務めるキャバクラグループの月例会議だった。幹部たちは、売り上げやキャストたちの管理などについて、現在グループが抱えている課題とその対策案を報告していた。 このキャバクラグループは、都内には一店舗も店を持たず、千葉や埼玉などの首都圏で十数店舗を展開するという大成功を納めている異色の企業だった。 十数店舗を抱えるグループの幹部会なのだから、そこに抱える問題・課題は少なくはない。幹部たちはグループを維持していくための対策を必死で考え、会議に臨んでいた。 幹部たちが次々と発言する様を青年は無言のまま眺めていた。その子供の様な好奇心に富んだ瞳で。 報告が一通り終え、会議が途切れた時、青年は何の前触れもなく突如立ち上がった。 「僕から一つ提案があるんだけど」 一同は「何事だ」と言わんばかりに青年を見た。青年はその視線に臆することもなく淡々と言った。 「大連に店を出す」 「はっ!?」 突如、放たれたそのひと言に幹部たちは驚いた。

2021.05.23

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#001-2 総帥4ヶ月前―2003年7月、東京・六本木 陽も沈み“ネオン”という夜の陽が頭上に輝き出すと、不夜城といわれるこの街には、様々な人間が集まってくる。あたかも闇の中に灯る明かりに群がる浮塵虫のように… 政財界の人間が集うのが銀座なら、この街は芸能・マスコミ・広告業界など、いわゆる“ギョーカイ”の人間が集う街。接待から遊びまで… また、近隣に外国大使館や外資系企業が多いことから、外国人の姿も珍しくない。他にも意味もなくただやって来ては、クラブでひたすら踊り狂う無軌道な若者たち。更には、この街を主戦場とするキャバ嬢やホステス、ホストなどの“夜”を仕事とする人々や、夜の陰の主役・ヤクザたち。 だがその時は、まだ太陽の光が頭上から降り注ぐ午後2時。街の景色は夜とは一変し、家族連れや若いカップルで溢れていた。この4月に六本木ヒルズがオープンしたためだ。 その六本木ヒルズに程近いビルの一室に、青年はいた。

2021.05.23

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#001-1 総帥2003年11月、中国遼寧省大連市― この年の暮れ、大連のナイトビジネス界はある話題で沸き返っていた。それは大連初の日本企業による日本スタイルのキャバクラが誕生したからだ。 店の名は「K大連」。 高級感のある内装、そして教育が徹底されたプロのキャスト、黒服。そのスタイルは後進的だった大連のナイトビジネス界にとって大きな衝撃となった。 大連のナイトビジネス界は、この「K大連」に触発されて、それまでのシステム・サービスが一新され、大きく変化していくこととなる。 そんな海を挟んだ一大センセーショナルを巻き起こしたそもそもの始まりは、1人の日本人青年の思いついたようなひと言からだった…

2021.05.22

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