STORYSHO Kizaki

#311-1 展開2000年10月に

2022.6.01

#311-1 展開2000年10月にオープンした4号店「オーシャン」は、周囲の期待を裏切って、これまででで最高の賑わいを見せた。店に入りきらない客が入り口に何組も待つ状態が半年も続いた。 「ジュエル・エム・プリンセス」の3店舗も好調だったため、松本老人への毎月の返済分を差し引いても、翔の手元には余裕のある資金が残った。 そこで翔は、翌年の2001年、オーシャンを開く際にミーティングでスタッフ達に言った言葉―都心だと100の人とお金が必要だとしたら、郊外は30で済む。同じ力を使うなら、都心で1つのお店を持つよりも、郊外で3つのお店を持った方がリスクヘッジになる。 この言葉を実行に移した。 茂原に「プラウディア 茂原」、成田に「K成田」、市原に「翔」の3店舗を立て続けにオープンさせたのだ。 しかも、これらはただ闇雲にオープンさせているわけではなく、竹の塚の2店舗と南越谷という10数キロメートル圏内で3店舗を運営してきた経験に基づくものだった。 郊外では竹の塚と南越谷のように車を2、30分走らせると客層の被らない全く別の繁華街がある。しかしその距離はスタッフやキャスト、時にはボトルの資材を共用させることができるギリギリの距離でもあった。この距離こそ、人件費等のコストを最少限に抑えつつ、最大限の売り上げを挙げることのできる〝成功の距離〟だったのだ。